DeNAでは現在、横浜市立大学附属病院との連携事業として、病院内の課題を解決していくAIプロダクトの新規立ち上げを検証しています。

私は、DeNAのデザイン統括部のプロダクトデザイン部の副部長として、さまざまな事業の立ち上げを推進しています。その流れで、DeNAとしても新たなチャレンジである今回のプロジェクトに、リードデザイナーとして参画することとなりました。

DeNAのプロダクトデザイン部では、以下のような注力を掲げています。

  • AIを組み込んだ新しい事業モデルの検証を、スピーディーに行うこと

  • 再現性のあるプロダクト立ち上げプロセスをつくり、チームで共有すること

私はこの注力を示すモデルケースのような事例がつくれるように、今回のプロジェクトを動かしていきました。

実はDeNAでは、ヘルスケア・メディカル領域の事業をこれまでにも多数展開しています。

今回はその一環として、横浜市立大学附属病院と提携して、病院内の課題を解決するプロダクトをつくり、それをモデルケースとして全国に展開していく目的でのプロジェクトが立ち上がりました。

プロジェクト開始時点では、そもそも何をつくるのかも決まっていないところから始まっています。

私たちは、このプロジェクトを推進するには、2つの壁を乗り越える必要があると考えていました。

1つは、「医療現場の理解の壁」です。

病院内の課題といっても、外来・入院・手術・院内の事務手続き、など対応すべき範囲は無数にあります。また、私たちは医療従事者が普段どのように活動しているのかも分かっていませんでした。

このまま想像でつくっても、受け入れられないものができてしまうことが予想できていたため、理解度を高めていくアプローチが必要となっていました。

2つ目は、「病院関係者との合意の壁」です。

医療業務には、まだデジタル化されていない部分が多くあります。一方で、現場で働く医療従事者のみなさんは日々の業務で忙しく、そもそも現状の業務を変えられるとも思えていないこともよくあることです。

そんな中で外部のベンダーが急に「こっちの方が良いですよ」と新しいプロダクトを提案しても、現場からは「分かっていない」と受け入れられないことが想像できました。

私たちがつくったプロダクトが医療現場の業務をより良くしていくためには、よそ者として提案するのではなく、まず現場の業務を深く理解している「同僚の一員」のような存在になり、その上で理想的な体験を提案していくことが求められていると感じていました。

そんな壁を乗り越えるためにも、私を含めたプロジェクトメンバー全員が現場に直接訪問することから始めることにしました。

プロジェクトをうまく進めるためには、現場の徹底的な理解が必要なことは分かっていました。さらに、現場の医療従事者に「同僚の1人」として受け入れてもらうためにも、足を使って現場でヒアリングや観察を繰り返すことが大事だろうと捉えていたからです。

このような動きができるのは、DeNAという組織がAIを使った生産性向上に取り組んできたからです。

プロダクトデザイナーである私の場合も、これまでプロダクトの設計に向き合っていた時間を、すでに3割ほどに圧縮できています。今回は、その余った7割の時間やリソースを、すべて現場観察に充てていくことにしました。

プロダクトデザイナーである私は、AIの活用によって、リソースの7割を現場に割けるようになった

まず、プロジェクトマネージャーが病院側と連携して、毎日チームメンバーの誰かは病院に訪問できるようにしてくれました。ちなみに私は、週3日は現場訪問をしていくようにスケジュールを組んでいます。

ただ現場に訪れて、業務のヒアリングをさせてもらうだけでは、リアルな情報を集めきれません。

訪問時には私たちもナース服を着て先生や看護師のみなさんについて回り、実際の医療現場のリアルな実情を観察していくようにしています。

観察をしながら、気づいたことはなんでもメモを取るようにします。私はデザイナーなので課題や体験の気づきが多くなりますが、エンジニアの場合は「ここはこういうシステムが必要そう」といった気づきが得られていたようでした。

プロジェクトメンバー全員で訪問するからこそ、多様な観点での観察結果が集まっていき、その後のプロジェクトを進めるヒントになりました。

観察の中で解決すべき課題の仮説もどんどんアップデートされていきました。

当初の仮説は「電子カルテに残っている情報から必要なものを呼び出すことに時間がかかっているのではないか?」というものでしたが、実際現場を見ているとそこまで情報の引き出しには手間がかかっていないことが分かりました。

逆に、観察の初日で「思ったより手書きのメモを使っているぞ?」ということに違和感を持ちました。その時点では「デジタルに慣れていないから紙を使っているのでは」「もっと楽に入力ができるツールがあれば良いのでは」という仮説を立てていました。

しかし、そこからさらに訪問を続けて深ぼっていくと、これは単純にデジタルに慣れていないというよりも、紙でなければいけない理由があるからだと気付いていきます。

実は、電子カルテに患者情報を入力する時は、伝達ミスなどを起こさないためにすべての情報が集まってからまとめて入力をすることが必要です。

一方で、看護師の方たちは患者さまからの急な呼び出しがあったり、差し込みの対応が出てきたりとまとまった時間をつくれず、そのために「あとでまとめて入力するための、自分用のメモ」を紙で残しているのだということが分かりました。

観察を通して「情報の呼び出しではなくて入力に課題がある」「入力ツールに慣れていないわけでなく、まとまった時間が取れないことに課題がある」とどんどん仮説が更新されていき、現場の状況を理解した解決策を考えられるようになっていきました。

課題に確信を持つためにも、とにかく早く現場観察と解決策のプロトタイピングのループを回すことを意識しています。

例えば、週の頭に観察をして見つけた課題をもとに、AIを使ってすぐに解決策のプロトタイプを用意しておき、次に訪問したときに見せてみてフィードバックをもらうようなことを目指しています。

これができるのも、AIを使い倒しているからです。精緻なプロトタイプである必要はないので、行動が想像できるものをすぐにつくり、「こんなものができるとどうですか?」と見せていくようにしています。

解決策もセットで伝えているのは、課題だけ伝えても医療従事者は共感できない可能性があるからです。具体的な解決策とセットで伝えることで「確かにそれなら今の業務が変わるかも」「それは難しそう」と芯を食ったコメントをもらうことができます。

そのフィードバックをもらって、課題の強さを判断していくようにしました。

理想は、その日に観察して見つけた課題を、その日のうちにプロトタイピングして、当日に「こんなのできたらどうですか?」と提案する流れまで持っていけるようにしようとしています。

このような現場観察の裏側では、各メンバーの訪問時の気づきを一箇所に集めていき、体系的に整理をしていくことを行っていました。

最初は、綺麗にジャーニーで整理したものに付箋を貼ってもらおうとしましたが、気づきが多岐に渡り整理しきれないなと思ったので、雑多で良いので、気づいたこと全部をメモにして貼りつけてもらうことから始めています。

そこで集まったメモをAIに読み込ませて、課題の分類をしていきます。

実際に観察をしてきた肌感覚をもとに、適切な課題になるよう何回かラリーをして調整しました。

さらに、整理した課題リストをチームメンバーにも共有して「共感があるか」「どこから解くと良いか」をディスカッションしました。

結果として、私たちが見つけた課題は23個のグループにまとめられ、その解く順序や解決策のイメージも共有できている状態になりました。

この情報はいつでも見返せるように、AIに社内用のHTMLサイトをつくってもらってアーカイブしておき、共通認識を生みやすくする工夫をしています。

課題リストに対して、解決策のプロトタイプもつくり、これを病院側の関係者にお見せして合意をつくりにいきました。

この時に納得感を持ってもらえるように、俯瞰した全体像を見せることを意識しています。

課題を伝える時にも、観察の結果から見つかったすべての現場の課題を共有しつつ、その中でどこが解決されるかを伝えるようにしました。

業務全体の課題を想像していただきつつ、「その多くが今回のプロジェクトによって解決される可能性がある」と伝えることで、大きく業務が変わっていきそうな期待を持っていただこうとしています。

また、病院運営の立場からもこのプロジェクトを進めていく確信が持てるように、今回フォーカスしない業務も含めたより全体的な患者ジャーニーをまとめ、今後あらゆる業務にプロダクトを展開していける可能性があることを示す資料も用意しました。

結果として、医師の方からも「この資料があれば、病院側でも説明がつきやすくなりそう」と言ってもらえ、意思決定へと進めていただくことができました。

結果として、DeNAのチームメンバーはもちろん、病院側の関係者とも強く合意が生まれ、プロジェクトの方向性を意思決定することができました。

つくっていくプロダクトのイメージもすでに固まってきていて、これからは実証実験フェーズに入っていくところです。

事業として不確実性が高いタイミングでは、議論を重ねていっても進みが悪くなることがよくあります。

そのようなタイミングで意思決定の鍵になるのは、やはり現場の情報だと思っています。

なので私は、ソリューションの実装段階の今も、基本的には週2回、少なくとも1回は訪問を続けるようにしています。

これまではプロダクトデザイナーとして新規事業にアサインされた時に、営業チームやビジネスのメンバーに現場の情報を教えてもらうような関わり方をすることもよくありました。ただ、詳しい人にドメイン理解を頼るような構造だと、どうしても自分自身の理解が浅くなってしまい、刺さるプロダクトをつくりづらい課題感を持っていました。

本来はプロジェクトに関わる全員が、深く現場の一次情報を理解できている状態が理想的であるはずです。私は、AIによってこれまでの仕事が圧縮できるようになった今だからこそ、現場の声を直接拾うことに多くの時間を使うようにしようと思っています。

横浜市立大学附属病院との共同プロジェクトでいうと、まだ構想が固まったタイミングで、これからも多くの壁を乗り越える必要があります。それらも深い現場の理解から一つひとつスピーディーに解決していくようにしたいです。

全国に広がる新しい医療業務のモデルケースを横浜からつくれるように、高速で事業立ち上げを進めていきます。

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