戦略から設計、開発、運用保守まで一気通貫で企業をサポートするITコンサルティング企業であるシンプレクスのデザイン組織『Alceo』では、クライアントから依頼を受けて、金融など幅広いサービスのUI/UXの改善に取り組んでいます。
Alceoの特徴は、徹底的にユーザー理解を行い施策に落とし込む、リサーチのプロセスを重視していることです。
しかし、このようなプロセスをそのまま取り入れようとしても難しく、プロジェクトの状況に合わせて、チームで実践するための工夫が必要です。
今回は、Alceoで実践している「段階的なリサーチプロセス」について、ある金融取引アプリのリニューアルプロジェクトでの事例をまとめます。
今回のプロジェクトは、あるクライアントの方から、金融商品取引サービスの裏側のシステム更新にともない、アプリ自体のUI/UXも刷新したいと依頼を受けてはじまりました。
依頼の概要は、以下の通りです。
- アプリレビューの点数があまりよくないことが、クライアントとして悩んでいた部分
- ただ、社内に継続改善のチームがあるわけではなく、UI/UX専門家におまかせしたいということでAlceoに依頼していただいた
- プロジェクト開始時点では、ゴールや、改善の内容は、全くまとまっていなかった
- SPとPCの主要画面を、3ヶ月で完了させるというスピード感で進める必要があった
このようなプロジェクトに取り組む上で、以下のような課題を解決する必要がありました。
プロジェクトが始まった当初は、「誰に向けての改善ですか?」という問いを投げても、クライアントの中でも明確に答えられない状態でした。
また、今回のリニューアルの目的も特に定まっていませんでした。
プロジェクトの期間が3ヶ月しかない中で、今回は「誰に向けて/何のために」という共通認識をつくることに半分の期間を費やしました。
3ヶ月で、アプリとPCの主要画面デザイン(デザインガイドライン含む、30~40画面ほど)を納品するのがミッションだったため、前提を整理する部分はAlceo側でごりごり推し進めて、デザインの検討、チューニングに大半の時間を割くことはできたと思います。
ただ、「誰に向けて/何のために」という認識が揃っていないまま進めることの方が、今後のプロジェクト運営においてはリスクなので、プロジェクトの半分の1.5ヶ月を使って、徹底的なユーザー理解とビジネスゴールとのブリッジ、そしてその課題の抽出に時間をかけることにしました。
今回は、チーム内のターゲットへの理解を少しずつ深めていけるように、段階的にリサーチを使い分けて共通認識をつくっていきました。
大きく分けると、3つのステップで、異なるリサーチ手法を使いながら進めていきました。
ターゲットの優先度を決める
ユーザーの具体化
タイプごとの改善シナリオを立てる
はじめに、サービスを使う人の中で、誰が一番優先すべきターゲットなのかを整理していきました。
このステップでは、大きく2つのリサーチ方法を取っています。
ユーザーの声から、改善箇所のあたりをつける
ターゲットの優先度は目的から決める
まず、ユーザー行動や、サービス全体の問題箇所をざっくりとつかんでいくために、ユーザーの声を集めていきました。
例えば、今回はサービスを使っているユーザーから、これまでもらった声を並べて、分類していきます。
また、外部パートナーとしてプロジェクトに入っている強みを活かして、純粋な使い手の目線からサービスを触り、エキスパートレビューを入れていきます。
このようなプロセスを踏むことで、このサービスにはどういうユーザーがいて、どのようなところに不満を抱えているのか、ざっくりとは分かっている状態を目指します。
ユーザーの声やエキスパートレビューの定性的な視点から、サービスに関する定性面の問題は把握できたものの「なぜそれが発生しているのか」「だれの課題なのか」はまだ明確には切り分けられていません。
このような段階で、どの課題に取り組むのかを話しても、優先度がつけられず、議論が不要に発散してしまいます。
そこで、これまでのユーザー理解を踏まえて「初心者or経験者のどちらを狙うのか?」という大きな問いを示して、目線を揃えていきます。
さらに、「初心者 / 経験者」のサービス利用状況を数値から分析して、どちらに対して改善するとインパクトが大きいのか整理していきます。
結果として
収益を生み出している経験者は、サービスのメイン機能をあまり利用していない
初心者はある程度流入してきているが、初回発注後にすぐ離脱し、継続していない
ということがわかりました。
このような定量的なデータをもとに議論を行い、今後のビジネスミッションや改善インパクトから考えて、ターゲットの優先度を大まかに設定しました。
ざっくりとターゲットの方向を決める段階では、具体的な情報を伝えすぎると、予期せぬ議論を呼んでしまうため、
必要以上にユーザー属性に関する情報は盛り込みすぎず、文言だけで定義するようにしています。
次に、施策検討の準備として、ターゲットのユーザー像を整理していきました。
ここでは、意識していたのは、以下の2点です。
ユーザーのタイプを、キャッチーに分類
タイプごとの利用フローや、ペインまで整理
前のステップで定義した「Primary Persona…初心者層」「Secondary Persona…経験者層」という2つのセグメントに分けて、ユーザーインタビューを行います。
インタビューの結果、初心者層の中でも3つの属性、経験者層には1つの属性があることが分かりました。
これらを、分かりやすく「XXタイプ」のように分類して、クライアントに対して共有します。
ここで心がけているのは、嘘っぽくない、キャッチーな名前にすることです。そうすることで、今後もプロジェクトに関わるメンバーが愛着を持って呼んでくれるようになります。
また、経験者層については、厳密には今回のプロジェクトではターゲットとしての優先度は低いのですが、比較しやすいように情報として並列させてまとめています。
さらに、ユーザータイプに分けて、インタビューの結果を整理して、どこにペインがあるのかもまとめていきます。
結果として、ユーザーのタイプや、ペインを整理することができ、今後の改善に向けた整理ができました。
また、副次的な効果ですが、この段階で意図的にキャッチーな名前をつけたことで、チーム内で「崇拝タイプの方は〜〜」のようにペルソナの名前が引用されるようになり、議論もスムーズに進むようになりました。
ターゲットや、ユーザー像、アプリ利用におけるペインの整理ができてきたため、最後に改善施策を決定していきます。
どのような価値を提供したいのか?を「Pain(課題)」「Gain(理想状態)」「具体策」の3つの観点から整理していきました。
ここまで取り組んだ上で、プロトタイプの制作に移っていきました。
今回のように、ビジネスミッションから整理を行い、段階的に少しずつ認識を揃えていくようなリサーチプロセスを取ったことで、分類したターゲットの定義をクライアントも使ってくれるようになり、手戻りがなくスムーズにプロジェクトが進みました。
結果として、クライアントはプロセスにも満足してくれています。
リサーチを行おうとなっても、どうしても、ペルソナをつくることが目的になってしまったり、リサーチ結果が共通言語になるレベルまで広がらないことが多くあります。
さらに、Alceoでは、デザインの専門性もさまざまなクライアントの方と一緒に、金融ドメインという特殊な領域を扱うため、リサーチの中で合意を積み上げることを何より重視しています。
その上で、ただ手順通りのリサーチを進めるのではなく、ビジネスとUXをしっかり繋げて一貫したプロセスで考えることが必要です。
今後も、プロジェクトの軸となるリサーチの段階から、アイディエーション、実装まで、ユーザーを重視した開発プロセスをクライアントワークで実現していきます。