ラクスルは「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」をビジョンに掲げ、中小企業の課題解決プラットフォームを展開する企業です。
ラクスルには「デザイン統括部」という全社横断のデザイン組織があり、デザイナーは各事業に深く入り込みながら、プロダクトやコミュニケーション領域の体験設計を担っています。
今回取り上げる印刷事業は、ラクスルの祖業であり、印刷EC「ラクスル」を展開する主力事業です。その中でデザイナーは、売上やKPI、プロダクトの利用状況などのデータを細かく見ながら、体験上の課題を探り、改善を進めています。
今回は、実際のプロジェクト例を交えながら、ラクスルの印刷事業におけるプロダクトデザイナーが、事業課題をどのように体験上の課題へと落とし込み、 事業成長につなげているのかを紹介します。
ラクスルは、ネット印刷を中心に、新聞折込やポスティング、アパレル・ユニフォーム、ノベルティ・グッズ制作などのサービスを展開する、印刷・集客支援のプラットフォームです。
国内のネット印刷ECにおいて会員数No.1を達成するなど成長を続け、現在は梱包材や化粧箱、印鑑の専門ECなどにも領域を広げ、事業の多角化・拡大を続けています。
プロダクトにおいては、数多くの商品に対応するとともに、オンラインデザイン*、商品選択・注文、データ入稿・チェック、決済、発送など、印刷にまつわる幅広いプロセスを提供しています。
一方で、商品ごとに顧客層や用途、デザインデータ入稿の難易度などが異なることも多いため、商品ごとに最適なユーザー体験を提供しながら、プロダクト全体での一貫した体験の良さを維持していく必要があります。
こうした複雑な事業環境の中で、高い成長率を維持するためには、顧客体験を磨くだけでなく、事業数値に対しても強く向き合う必要があります。
ラクスルの印刷事業では、扱う商材の数が多く、関わるステークホルダーも多岐にわたります。事業オーナー、PdM、ビジネスメンバー、エンジニア、CS、DTPなど、さまざまな専門性を持つメンバーと連携しながら、プロジェクトを前に進めていく必要があります。
その中でプロダクトデザイナーに求められるのは、依頼されたUIをただ形にすることではありません。事業数値や市場・顧客からの要求を理解したうえで、それをプロダクトの本質的な課題に変換し、体験を変えることで成果につなげることに責任を持つことです。
具体的には、ビジネスメンバーが作成するMRD(市場要求定義書)をもとに、デザインで解くべき課題や目標を整理する。プロダクトに関するデータを細かく確認し、課題や解決策の質を高める。スプリント内でデザインや仕様に関する合意形成を進める。そして、リリース後の振り返りを通じて、成果や学びを次の改善に活かしていく。
こうしたプロセスは、一部のデザイナーが属人的に行っているものではありません。Design Briefやレビュー、振り返りレポートといった型を活用しながら、チームとして再現性を持って改善を進めています。
ここからは、チケット印刷とカード印刷の2つの事例を通じて、ラクスルのプロダクトデザイナーがどのように事業数値を見ながら、体験改善を進めているのかを紹介します。
まずは、入場券、クーポン券、回数券などに使われる「チケット印刷」の仕様・デザイン改善事例についてです。
プロジェクトの初期段階では、ビジネスメンバーがMRD(市場要求定義書)として「なぜこの施策をやるのか」「事業として何を目指すのか」を整理し、これを起点にチームが動きはじめます。
チケット印刷においては、個人と法人の注文構成比を見ると、全商材平均と比べて法人比率にまだ伸び代があることが見えていました。ラクスルははたらく人をラクにするカスタマイズECであるため、はたらく人のニーズに応える仕様拡充によって、注文数や売上をさらに伸ばすことが狙いとしてありました。
事業視点の課題がMRDとして示されたあと、すぐにデザインを作りはじめるのではなく、体験設計の視点から、課題は何かを詳細に分析し、Design Briefとしてドキュメント化するプロセスを挟みます。
チケット印刷においても、まずはデータ分析から始めました。
顧客層や、業種・形状別での注文傾向、お問い合わせ内容、現在入稿されているデータ、入稿に失敗したデータ、検索キーワード、ヒートマップやデッドクリックの発生状況など、さまざまな情報に目を通していきます。
こうした分析をもとに、Design Briefではデザイン観点でのWhy・What・Howを整理します。
これは、デザイナー自身が課題や解決策の精度を高めるためでもあり、チーム全員で「何のために、何を変えるのか」の共通認識を持つためでもあります。
チケット印刷では、各種データを見る中で、主に次のような課題が、ページからの離脱や注文断念につながっている可能性が見えてきました。
ラクスルがどの仕様・オプションに対応しているか分かりづらい
顧客が自身の用途に合った仕様を選びづらい
「ミシン目加工」のオプションの選び方や、指示・作成方法が分かりづらい
その背景の一つとして、チケットの仕様を「形状」中心に提示しており、用途から探しづらいことが考えられます。
例えば、当初のチケットページのトップでは、「横型」「縦型」など限られた仕様を中心に表示していました。一方、検索キーワードを見ると、「入場券」「クーポン券」「回数券」など、用途を起点に探している顧客が多いことが分かりました。
そこで、トップページでは用途軸での見せ方の優先度を上げるなど、改善の方向性を整理していきました。
Design Briefで課題や改善の方向性を整理した後は、スプリント内で関係者とレビューを重ねながら、デザインや仕様を決定していきます。
ラクスルの印刷事業部では、スプリント内で3回のレビューを行い、ワイヤーフレームからUI、最終確認まで進めるプロセスを運用しています。
レビューには、ビジネス、PdM、エンジニアなど、複数職種のメンバーが参加します。レビュー観点も多岐にわたりますが、Design Briefで言語化したWhy・What・Howを判断軸にすることで、関係者と認識を揃えながら意思決定を進めやすくなります。
チケット印刷の改善でも、用途軸の見せ方、仕様・オプションの整理、データ作成に関する案内などについて、レビューを通じて具体化していきました。
改善案が固まった後は、CSやDTPチームに表現・ライティング・データ作成に関する案内内容を確認してもらい、開発メンバーに連携します。
ラクスルの印刷事業部では隔週で振り返り会が設けられており、リリースから1ヶ月ほど経ったプロジェクトについて、振り返りレポートが共有されます。
チケット印刷の改善についても同様に、設定したKPIに対してどのような成果が出たのか、その要因は何か、次に活かすべき示唆は何かを詳細に調査・レポーティングしています。
具体的には、法人ユーザーに今まで以上に選ばれる結果となったほか、チケット印刷カテゴリにおけるCVRも過去最高水準を記録するなど、大きな成果を上げることができました。
要件定義の段階から各種データに裏付けされた改善を行い、リリース後には定量・定性の両面で結果を詳細に振り返る。この一連のプロセスは、ラクスルのプロダクトデザインの精度を高める重要な仕組みになっていると考えています。
チケット印刷で紹介したようなプロセスはチーム内で型化されており、他のプロジェクトでも活用されています。カード印刷の改善も、そのひとつです。
カード印刷では、年間売上のさらなる成長に向けた仕様追加や、商品ページのデザイン見直しが検討されていました。MRDの段階で追加すべき仕様は整理されており、デザイナーはそれを踏まえ、目的達成に向けてデザイン観点でどの課題を解くべきかを整理していきました。
具体的には、現状の購入体験を分析する中で、商品仕様の理解、入稿方法、データ作成、オンラインデザインの利用などに課題があることが見えてきました。そこで、各課題に対応するKPIと、具体的なHowを整理し、Design Briefに落とし込んだうえで、デザイン制作に進んでいきました。
スプリントでは、商品トップや用途別ページのデザインを提案していきました。ショップカードや診察券など、用途ごとの文脈に合わせたページも設計し、ユーザーが自分の目的に合ったカード印刷へたどり着きやすい状態を目指しました。
リリースから約1ヶ月後の振り返りでは、新規追加した仕様における売上目標を達成したほか、各種指標でも改善傾向が見られました。
チケット印刷とカード印刷では、扱う課題や施策、担当したデザイナーも異なります。
しかし、MRDを起点に事業課題を理解し、データをもとに体験上の課題へ落とし込み、KPIごとにHowを分解しながらデザインへ反映していく点は共通しています。こうしたプロセスが型化されていることで、複数のプロジェクトにおいて再現性を持って改善を進められています。
ラクスルではチケットやカードだけでなく、チラシ・フライヤー・冊子、ノベルティやパッケージ、アパレル、オフィス用品に至るまで、数多くの商材を扱っています。
商材ごとに顧客層や用途、運用方法などが異なるため、施策をそのまま転用することはできませんが、改善の過程で得られた課題の見立てや情報設計の考え方は、他商材の改善にも活かすことができます。
たとえば、用途軸で情報を見せる考え方や、データ作成を支援するテンプレート改善、データNGを減らすための説明方法などは、商材を越えて応用できる知見になります。
実際にラクスルでは、ある商材のテンプレート改善で得られた学びを他商材のデータ作成体験の改善に活かしたり、ポストカードやDM便、バリアブル印刷など、類似する体験を持つ商材の知見を参照しながら検討を進めることもあります。
ひとつのプロジェクトで得た学びが、そのプロジェクトだけに閉じず、次の商材や別チームの改善にもつながっていく。
多くの商材を扱うプラットフォームだからこそ、個別の改善が積み重なり、プロダクト全体の体験品質を高めていけることも、ラクスルでプロダクトデザインに取り組む面白さのひとつです。
ラクスルのプロダクトデザインでは、定量・定性の各種データを共通言語にしながら、素早く改善と学習を繰り返していくことが求められます。
達成すべき事業数値や仕様の優先度、実装イメージ、印刷現場での運用方法など、関わるステークホルダーと詳細にすり合わせながら、デザインに関わるプロセスを推進していく難しさもあります。
一方で、Design Briefやスプリントでのレビュー、振り返りレポートなど、プロセスが型になっているからこそ、チームとして再現性を持ってプロジェクトを進められることはラクスルの強みです。
ただし、型があるからといって、既存のコンポーネントや進め方に当てはめるだけで良いわけではありません。「ユーザー体験として本当はどうあるべきか」から考え、型にはまらない理想的な方向性を提案していくことも重要です。
事業数値を見ながら、制約を理解し、ステークホルダーとすり合わせ、より良い体験を探り続ける。そこに、ラクスルのプロダクトデザイナーとして働く難しさと面白さがあるのだと思います。