DeNAデザイン本部 エクスペリエンス戦略室 副室長の小原です。アライアンス案件を中心に、新規サービスの立ち上げフェーズをUXデザイナーとして担当することが多いです。
株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)では、日産自動車株式会社(以下、日産)と自動運転技術を活用した交通サービス「Easy Ride」※の共同開発を行ってきました。
そのなかで、Easy Rideで使用するアプリ(目的地への案内・迎車・乗車管理が主な機能)のユーザー体験・ユーザビリティを本開発前に検証するために、価値仮説検証型MVPでの実験を行いました。
具体的には、(一般的な)有人手動運転のタクシーを貸し切り、横浜市の実証実験本番と同じルートを巡りながら、アプリで案内される内容はすべて運営メンバーが人力でサポートするという形式を取りました。
結果的に、本開発すれば多額な費用と数ヶ月かかる日数を、数十万円と数日でサービスの体験と価値を検証できました。
また、高い解像度で利用者視点の肌感を得られたことで、アプリの体験の中でもどこが価値になり、どこが不足しているのか、または必要ないのかを判断しやすくなりました。
構想段階のサービスの価値を「安く・早く」検証するため、ユーザーが価値を実感できる最低限のものを提供するという価値仮説検証型MVPの考え方は、特に新規事業を担う方々にとって広く知られたものかと思います。
今回は、Easy RideでのMVPの実施を1つの事例として振り返りながら、より具体的に「何を検証するために」「どのような進め方で」MVPを活用するかについて参考になれば幸いです。
Easy Rideは、2017年から日産とDeNAが共同開発を開始した、自動運転技術を活用した交通サービスです。日産の自動運転の技術やDeNAのサービス企画力を活かして、誰でももっと自由な移動を実現する未来に向けて取り組んできました。
Easy Rideでは2017年度から2回、計38日間におよぶ実証実験を行っています。 1回目(2017年度)は「日産リーフ」をベースにした実験用車両を使い、スマホアプリからEasy Rideを呼び出し、あらかじめ決められたルートを自動運転走行するというもの。 2回目(2018年度)は「e-NV200」をベースとした実験用車両を使い、スマホアプリで乗客が任意で決めた目的地まで自動運転で走行するもので、より現実のサービスイメージが湧く実証実験となりました。
今回のサービスの本開発前に価値仮説検証型MVPを実施するに至った理由は、以下2点でした。
実証実験とはいえ多額なコストをかける価値の見極め
現場でなければ分からない乗車体験
特にEasy Rideでは、アプリだけでなく、自動運転車両の開発・乗降地の確保・オペレーション用アプリなど、実現するために必要なものが多く、その分コスト・工数も跳ね上がります。
そのため、実証実験とはいえ膨大なコストや工数に見合う体験価値が本当にあるかを、いかに「安く・早く」検証するかが大きなテーマでした。
価値仮説検証型MVPを実施する前段階で既に、アプリのプロトタイピングやジャーニーマップの可視化などは進めていました。
しかし、移動するためのサービスという性質上、利用者は実際に街中を歩いたり、乗車したり、車内で目的地までの時間を過ごすなど「アプリ画面に閉じない体験」が非常に多くあります。
「移動」と「車内空間」という2つが、Easy Rideのサービス体験を考える上で大事な要素となってくる一方で、チーム内でも「乗降地に向かうまで実際どれくらい負担なのか」「車に乗ったあと、ドアの締め方が分かるだろうか」といった細かな肌感が湧いておらず、煮詰まっていました。
「結局現場でやってみないと分からないよね」が、チームとしての結論であり、そのためにMVPという形で検証を行うことにしました。
今回実施した価値仮説検証型MVPでは、以下のことを意識しながら進めました。
「分かっていないが、重要なこと」を明確に
「 その場で起こっていること」が本番と同じであれば良い
価値の検証をするといっても、「いま何が分かっていて、何が分かっていないか」が曖昧になってしまっていると、たとえMVPでの実験をしても大きな学びにならないと考え、今回の実験で「分かっていないけど、分かる必要がある」ポイントを整理しました。
具体的には、ジャベリンボードというフレームワークに沿って、誰のどんな問題を、何で解決するのか、どうやって検証するのかをシンプルにまとめ、チームで共有しました。
今回の実験では、特に「利用者がスムーズに乗降地にたどり着き、乗車できるか」「乗車中にどのくらい観光地を案内されると嬉しいか」が、Easy Rideを開発する上で最も不確実性が高く、価値につながる点だと考えていました。
今回の価値仮説検証型MVPでは、「使用する車両」と「走行ルート」にはコスト(と言っても十数万円)をかけて本番とほぼ同様のものを用意し、それ以外の要素(アプリでのルート表示・音声案内etc)はモックアップや人力で補うなどコストを下げる判断をしました。
この判断の背景には「その場で起こっていることが、本番と同じ」であれば体験の検証は可能であり、コストをかけるべきは「その場(場所・タイミング・状況etc)」の再現ではないかという考えがありました。
そのため、Easy Rideでは「移動」と「車内」という空間的状況だけは本番とほぼ同一になるようこだわり、その他はコストをかけずに運用することにしました。
価値仮説検証型MVPを実施してみたことで、肌感を持って、Easy Rideのサービス体験において価値と言えることや足りないこと、必要ではないことを学ぶことができました。
具体的には、以下のようなことが検証できました。
乗降地まで歩いて向かう時は意外と遠く大変なことが多いため、歩きながらでも確認しやすいよう、アニメーションを入れて直感的に分かるようにすべき
車内での観光案内が多すぎると、逆に忙しくてリラックスできないので、コンテンツを厳選し、余裕を持って案内すべき
学習を踏まえてプロトタイプのUIなども更新しました。
その後、無事に本開発を進め、実証実験に参加いただいた一般利用者にサービスを提供するなど着実に段階を進め、利用者からもポジティブな反響をいただきました。
今回はEasy Rideの実証実験を例に、どのようにMVPを設計・運用し、サービスの価値を検証するかをご紹介しました。
MVPは、構想段階のサービスの価値を「安く・早く」検証するため、ユーザーが価値を実感できる最低限のものを提供するという考え方ですが、実際そのプロセスは泥臭いものだと感じています。 また、あくまでユーザーにとっての価値を検証するための1つの手段であり、MVPさえやってみればOKという性質のものでもありません。
手段に縛られず、「ユーザーが置かれるであろう状況」を想像し、「何が起こりさえすればよいのか」を見極め、あとはとにかく現場でやってみて「これは良い」「足りない」「いらない」と肌感をもって判断できるようになることが重要だと考えています。
サービスの価値検証はまだまだ事例が少ない領域なので、少しでも参考になれば幸いです。