楽天グループ横断のクリエイティブ専門組織であるクリエイティブデザイン戦略部(CRD)に所属するユーザビリティ保証チームには、ユーザビリティの専門性を持つスペシャリスト(以下ユーザビリティスペシャリスト)が在籍しています。
ユーザビリティスペシャリストは、楽天グループが展開する70超のサービスに横断的に携わり、以下2点を通して様々なサービスや組織の成長に貢献しています。
- UA (Usability Assurance) によるサービスのユーザビリティ品質保証
- 組織体制やプロセス改善支援によるUX成熟度向上
今回は、楽天グループにおけるユーザビリティスペシャリストが、どのようにサービスや組織の成長に貢献しているのかを、「楽天モバイル」でのプロジェクト例を交えてまとめたいと思います。
※ UAの概要や成り立ちについてはこちらに詳しくまとめているのであわせて御覧ください。
楽天モバイルは、2020年に携帯キャリアサービスを本格的に開始し、情報通信サービスなどを提供しています。急激に事業規模を拡大し、現在の契約数は2024年10月18日時点で800万回線(注1)を突破するほどに成長しています。
楽天モバイルには、検討/申し込み、契約中、来店時など、お客様と様々なタッチポイントがあります。また、タッチポイントごとに複数のプロダクト(Webサイト、アプリなど)を提供しています。ユーザビリティ保証チームとしては、そのうち12個のプロダクトの評価に関わってきました。
タッチポイントやプロダクトは多岐にわたり、契約数が800万回線を突破するほどユーザー数も多いため、各プロダクトに対してユーザビリティ品質が与える影響範囲も非常に大きなものとなります。
また、プロダクトのデザインを担う組織の成熟も重要です。
そのため、ユーザビリティ保証チームは「ユーザビリティ品質の保証」と「高いユーザビリティ品質を実現するための組織体制やプロセス改善支援」の2つに重点を置き、楽天モバイルの立ち上げ段階から関わってきました。
ここからは、具体的に取り組んでいたことや、特に意識していたポイントについてまとめていきます。
UAとは、楽天グループでプロダクトのリリース前に必須のプロセスとされている、ユーザビリティ品質を保証するための仕組みです。
具体的には、楽天グループにおけるリリース前の新規プロダクト・大規模リニューアルプロダクトを対象に、ユーザビリティ品質を定性的・定量的に評価し、基準を下回るサービスは提供開始前に可能な限り改善する仕組みとなっています。
UAは、要件定義からユーザビリティテストの実施・SUS測定、改善後の効果検証などの8ステップで構成されており、このようなプロセスを年間平均40〜50以上のプロジェクトにおいて実施しています。
UAは、ユーザビリティテストやSUSスコアの測定を実施することがゴールではなく、UA後に改善したプロダクトをユーザーに届け、会社が利益を得ることで、より良い体験を持続的にユーザーに提供することを目指しています。これは、楽天グループの事業の一つである楽天モバイルにおいても同様です。
ここからは、UAを行う中で特に留意してきたポイントをまとめます。
リリース時のユーザービリティ品質を保証することが目的であるため、追加される機能の「前後の体験も含めたテスト範囲」を設定し、可能な限り「リリース時に近い体験ができる環境」を準備することを意識しています。
例えば、楽天モバイルのお申し込みには、お申し込み前に、どのようなプラン/料金なのか理解し、申し込み後に、SIMの初期設定をするというユーザー体験がそれぞれあります。お申し込みページを、単体でテストしてしまうと、前後の文脈が抜けてしまうため、リリース時のユーザー体験の良し悪しを判断しにくくなります。
さらに、ユーザーにとっては、楽天モバイルのお申し込みがゴールではなく、理解しやすく利用できることがゴールであるため、必要十分な範囲がテストできるかどうかに留意して、テストの要件定義を行っています。
特に、サービス立ち上げ段階では、複数プロダクトの開発が同時に進む場合も多いです。そのため、前提や文脈がない不自然なユーザー体験でテストしてしまう可能性も高くなります。
様々なプロジェクトが進む中で、いつどの範囲をテストするべきかについて、事業部メンバーと定期的に打ち合わせを行い、判断するようにしました。
サービスの立ち上げ段階は、開発スケジュールの変更により、テストスケジュールが変更になることも多いです。そのため、条件に合うユーザーを、迅速にリクルーティングしなければいけません。
テストユーザーは、想定される体験から逆算してリクルーティングを行います。「30代男性・都内在住」など、表層的な条件のみでリクルーティングしてしまうと、正確なテストが行えず、結果への信憑性が低くなり、正しい意思決定がしづらくなってしまいます。
例えば、楽天モバイルの新規ユーザー向けの機能ならば、未契約であることを必須条件とするなど、実際に機能を使うユーザーの前提条件を丁寧に紐解き、要件を定め、リクルーティングする必要があります。
このようなリクルーティングを素早く的確にできるようにするため、国内の楽天グループ従業員5万人程度(間接雇用を含む)に対してテストユーザーの募集ができる「従業員パネル制度」を構築し、運用しました。
ユーザビリティテストを実施する際には、「〇〇をしてください。その次に〇〇をしてください」とタスクを指示するのではなく、前提情報をお伝えした上で、実際にどう操作するかはテストユーザーに委ね、行動を観察するようにしています。
例えば、「あなたはまだ楽天モバイルの契約をしていません。契約を検討している時に、このサイトを訪れました。」といった想定状況を共有した上で、自由に操作してもらいます。その上で、料金プラン内容などを十分理解して、申し込みに進むのか、あるいは何か情報が足りず意思決定できないのかなどを観察します。
実際には、お客様が誰かに指示や補足をもらって、その案内通りに操作するような状況はほとんどありません。つまり、どのように操作するかはテストユーザーが決めるものであり、実際にテストユーザーが取った行動がユーザビリティ品質の結果となるため、あくまで行動は制限せず、正しく評価ができるように心がけています。
ユーザビリティテストで発見した課題は、プロジェクト関係者が共感し、改善につなげなければ意味がありません。つまり、実際のテストユーザーの行動や、課題に対する深い共感を得られる環境づくりが重要だと考えています。
深い共感を得られる状況をつくる一つの工夫として、ユーザビリティテストの見学を気軽にできるようにしています。
例えば、2013年に設立した「UX Research Room」は、ユーザーをインタビュールームに招き、Webサイトやアプリを使っている様子を見させていただいたり、お話を伺ったりすることで、ユーザーのリアルな声を知り、共感するための場として活用しています。
コロナ禍以降はテストの様子をZoomのウェビナー形式でも配信しています。ウェビナー形式にすることで、見学者のマイク・カメラは自動的にオフになり、より気軽に見学できるようになりました。
楽天グループでは、定量的な意思決定も推奨されています。SUS(システム・ユーザビリティ・スケール)を用いて、定量的にユーザビリティの品質を把握できるようにすることで、ユーザビリティ品質レベルの共感が得やすくなります。
SUSをテストユーザーに回答してもらった後に、ネガティブな回答の要因をお聴きし、定性/定量の両面から課題への共感を促せます。
さらに、SUSを用いたレポートを作成することで、テストを見学できなかった関係者やマネジメント層などへ、課題を明確に伝えることができます。
私たちはユーザビリティの課題を伝えることを担当していますが、それがゴールではありません。テストで見えた課題が改善されず、お客様により良い体験を提供できなければ意味がないため、改善計画、プロジェクトの振り返り、改善後の効果検証までを行うように、仕組みづくりにも取り組みました。
楽天モバイルのお申し込みと、来店予約についてのユーザビリティテストの結果から抽出された課題レポートと、改善後のUIの例をご紹介します。
上記の例は、一見地味に思えるかもしれませんが、多くのお客様を抱えるサービスに成長する上において、こういったユーザビリティ品質の改善が少なからず良い影響を与えているのではと考えています。
サービス立ち上げ当初から、楽天モバイルのメンバーと協力してUAを行ってきたことで、楽天モバイル内におけるページのリリース意思決定に、UAの結果が活かされる状態になっています。
ユーザビリティスペシャリストの役割は、単にUAを実施することにとどまりません。必要に応じて事業部の担当者と連携し、組織体制やプロセス改善を支援することも重要な役割です。
以下、楽天モバイルにおける具体的な取り組みの例を紹介します。
2019年頃から、楽天モバイル内のUXリサーチ&デザインチームとユーザビリティ保証チームが連携を開始しました。当時は、UAが社内に十分に浸透しておらず、まずその必要性と意義を共有しながら、運用を進めました。
UAを実施すると、ユーザビリティ品質における課題が、テストユーザーの声や行動から明確になるため、徐々にその価値が認識されるようになっていきました。
楽天モバイルのサービス成長に伴い、新規開発プロジェクトが増加するとともに、店舗設計などもUXリサーチ&デザインチームが担当するようになりました。この変化に合わせて、週次の定例会議を設けました。定例会議では、進行中のプロジェクトの情報共有や、UAの実施タイミングなどのプランニングを行い、事業部との連携を強化しています。
また、楽天モバイルのショップ開設にあたっては、ユーザー体験の設計やUXリサーチをプロジェクト単位で支援する活動も実施しました。
2020年12月には携帯キャリアサービスの契約数が200万回線を突破するなど、楽天モバイルは急成長していきました。これに伴い、楽天モバイルの組織拡大も進みました。
その中で、UXリサーチ&デザインチームは、UA実施の前段階から積極的にユーザビリティテストを行うようになりました。ユーザビリティ保証チームは、定例会議などを通じてナレッジシェアやレビューを行い、プロセス改善をサポートしました。
楽天グループにおけるユーザビリティスペシャリストの主務はユーザビリティ品質の保証ですが、それを起点に楽天グループ全体でのユーザビリティやUXリサーチの文化を育むことも重要な役割です。
このような文化を広げるためには、楽天モバイルのように、各サービスやプロジェクトの担当者と連携し、地道な結果を積み重ねていくことが重要です。一方で、DesignOpsやResearchOpsと呼ばれるような効率的な仕組みの構築も求められます。
そして、楽天グループが提供する70を超える様々なサービスに広く携わる中で、各サービスが使いやすく、安心して便利に使えるという状態になれば、人々の生活と社会に更に大きなインパクトを生み出せると信じています。
これからもユーザビリティの品質保証を起点に、さまざまなメンバーと協力し、ユーザビリティ品質を高める文化を広げ、根付かせていきたいと思います。
現在、共にユーザビリティスペシャリストとして活動する仲間を求めています。興味のある方はぜひ、お気軽にご応募ください。