エスト・ルージュのデザインマネージャー、冨永です。私たちは、サービスデザインと開発の専門性を組み合わせ、新規事業開発を0から推進できるパートナーとしてクライアント企業に伴走をしています。
私たちの存在を初めて知る方も多いかと思いますが、実は多くの方に使われているサービスも、アイデアフェーズから、デザイン・開発・価値拡張・ターゲット拡張までをクライアントと一緒に進めています。
例えばその一つが、株式会社イープラスさまと一緒に立ち上げた「音楽フェス公式アプリ事業」です。
「デジタルの力で、フェスの体験をより良くしていきたい」というご相談から、アイデアが固まっていない段階から並走して事業を軌道に乗せてきました。最上流からご一緒し、事業開発を推進するサービスデザインのプロセスをまとめます。
プロジェクトのきっかけは、数多くの音楽フェスの運営を支援しているイープラスさまの中で「デジタルの力で、音楽フェスの体験をもっと良くできるのでは?」という話があがり、新規事業がスタートしたことでした。
当時は2017年で、ほとんどの音楽フェスはアナログなオペレーションが中心でした。集客・チケット管理・物販が別々に企画やオペレーションが行われていたため、運営と観客双方に負荷が高くなっていました。また、独自に公式アプリをつくっているようなフェスはごく少数という状況です。
そのタイミングで、エスト・ルージュに声がかかりました。肝入りのプロジェクトということでイープラスさまからは執行役員の方が1名、エスト・ルージュ側からは代表(当時) とデザイナー冨永が参画し、3名体制で事業開発がスタートします。
まだ何も決まっていないアイデア段階から、持続的な事業へと育てていくために、大きく3つのフェーズを辿っていきました。
立ち上げフェーズでは、のちにさまざまな音楽フェスの公式アプリに展開していくために、あらかじめ最も良い体験は何かを考えた上で、まずはイープラスさまが提供する音楽フェスのポータルアプリとしてミニマムに提供開始し、事業を立ち上げていきました。
この立ち上げフェーズにおいて、デザイナーである私は、リリースに至るまでの「理想の音楽フェス体験の整理」「初期のスコープの設定」「要件定義」などを担当しました。
プロジェクトが始まった段階では「デジタルの力で音楽フェスの体験をより良くする」ということ以上には何も決まっておらず「音楽フェスのどこがデジタル化されると、体験がより良くなるのか?」という最上段からすり合わせていく必要がありました。
そのためプロジェクトが始まると同時に、「デジタル化された理想の音楽フェス体験って、こんな感じですよね?」と投げかけるためのイメージ図をまとめてみました。
プロダクト内の体験ではなく、実際に参加する観客の目線に立って「フェスの前中後」にわけて全体の体験を整理しています。
また、できるだけ具体的に会話できるように、一つひとつの価値ごとにプロトタイプも作成し「どこから始めるのか?」を議論しました。
「グッズ販売」「クロークサービス」などさまざまな体験の改善が考えられましたが、まずはイープラスさまにおけるメインの事業である「チケット販売」からデジタル化を始めることとします。
各音楽フェスごとの公式アプリをつくる前段階で実績をつくっていくために、初期は「イープラスが提供する、音楽フェスのポータルアプリ」という立て付けでリリースすることにしました。
この初期スコープに対して、サイトマップやアプリ内の体験を整理し、MVPとしてつくるアプリの設計を意思決定します。
要件を整理しながら、画面のデザインを設計、システムもエスト・ルージュ側で構築して、MVPとしてのアプリをリリースしました。
ちなみに、この時点では、海外も含めて音楽フェスの公式アプリを提供している人たちは少なかったので、かなり手探りな状態でした。フェスだけでなく、動画アプリのUIや、テレビ欄のデザインなど、幅広くリサーチしながら画面を制作しています。
立ち上げフェーズでは、まずリリースしてみることを重視していました。イープラスさまは多くの音楽フェスの運営に関わっているため、リリースすれば多くの音楽フェスや、観客の方々に活用していただけます。
このポータルアプリをもとに「この公式アプリのように、私たちの音楽フェスの公式アプリをつくってもらえないか」というさまざまな音楽フェスからの依頼を引き出していく狙いもありました。
ベースとなるポータルアプリを公開したのち、狙い通り各音楽フェスの公式アプリ開発の依頼をもらうことができ、一つひとつ開発を行っていきました。
このフェーズで私は「各フェスごとにニーズを引き出しながらベースのシステムを拡充」「アプリ運用にまつわる進行管理をリード」の2つの役割を担っています。
イープラスさまが担当している各音楽フェスから、公式アプリ制作の依頼をいただき、それらを一つひとつ開発していきます。
各音楽フェスの公式アプリは個別につくっていますが、裏側のシステムは共通化させています。
各フェス固有のニーズを引き出しながら、少しずつ機能を追加していき、その度にシステムも拡充していく流れで、価値の拡張と運用の最適化を進めていきました。
このフェーズでは、エスト・ルージュ側で、各音楽フェスごとのアプリを運用するためのタスクを整理し、進行管理を行うことにも責任を持っていました。
音楽フェスでは「出演者情報」「タイムテーブル」などの情報を順次公開していくため、アプリ公開後にも運用が発生します。
一方で、音楽フェスを担当するイープラスの方や、運営の方々は、アプリにまつわるタスク以外にもやることがたくさんあります。
なので、出来るだけ負担なく運用できるように、アプリの運用についてはエスト・ルージュ側が一番オーナーシップを持って進めていくようにしていました。
事業フェーズはさらに進み、機能追加による価値拡張から、ビジネスとしての規模を増していく時期に入ります。
私は、各フェス運営との関係を強化していきながら、徐々に、理想としている体験に沿って、チケット販売だけでなく、グッズ販売や、クロークサービスなど、フェス内の体験・ビジネスオペレーションの改善にまで機能を拡張していく役割を推進していきました。
また、このくらいのタイミングから、デザイナーの採用も始め、各機能ごとに私以外のデザイナーをアサインしていくような、体制化も進めています。
ある時、とある音楽フェスから「今年は、グッズの販売までデジタル化していきたい」という要望をいただき、機能追加に取り組むこととなりました。
このようなタイミングでは、単にプロダクトに機能を追加するだけでなく、現場のオペレーションフローも含めた全体の体験を改善する必要があります。
そこで、該当の音楽フェスのグッズ販売に関わる業者の方に対して、現状の販売までのオペレーションをヒアリングして、業務フローと課題点を図解することから始めました。
さらに、デジタル化に伴う論点についてもインタビューしながら整理し、これらを合わせて、理想としてのグッズ販売業務フローを定義しました。
例えば、事前に購入したグッズをフェス前に郵送で届ける場合もあれば、事前にアプリで購入は済ませておき、フェスの現地で実物だけ受け取る場合もあります。
最終的に、販売パターンを7タイプに分けて定義し、すべてのパターンに対して、デジタル化した業務オペレーションを設計していきました。
この理想の業務フローをもとに、システムを開発し、グッズ販売機能を搭載してアプリを公開しました。
さらに、運営スタッフの方にとっては慣れないオペレーションとなるため、アプリを活用した現場の販売オペレーションの動画も簡易に作成し、共有しました。
アプリ内の設計だけでなく、オペレーション全体をより良くしていける機能追加を他にも行っていきました。
これまでに、50を超える音楽フェス公式アプリを提供してきました。(毎年制作している同じフェスも含む)
公式アプリの機能や、構築してきたオペレーションの改善を通して、参加者側、運営側双方にメリットが生まれています。
App Storeでの評価は、8000件以上のレビューに対して平均4.7と非常に高く維持できています。2025年2月現在、音楽フェスの公式アプリがある状態は当たり前になってきており、世の中に新たな前例をつくることができたと感じています。
最後に、立ち上げを終えて、運用の最適化と、事業拡大に進んでいる「音楽フェス公式アプリ事業」の現在についてもまとめます。
これまでに開発してきた公式アプリ自体は50以上ありますが、これらを提供するためのシステムは共通化して設計しています。約7年の検証を経て、音楽フェスに必要な機能は、ひと通り揃えることができました。
事業としては、機能拡充が落ち着いてきた段階で、運用の最適化に入っていきます。
例えば、イープラス内の各フェス担当の方に手軽にアプリを運用いただけるように、管理画面をリニューアルしました。各機能の出し分けなども簡単に行えるようにしています。
その上で、イープラスさまとエスト・ルージュは、音楽フェスだけでなく、その他大規模なリアルイベントにこのシステムを転用していく形で、事業領域の拡大を試みています。
例えば、瀬戸内国際芸術祭の公式アプリ。実はこれも、今回のシステムを展開してつくっています。
イープラスさまという、業界の中心にいる方たちが、全力でデジタル化を進めていく意思決定をし、エスト・ルージュを事業創造の初めから巻き込んでくれるので、このように大きな仕事が生まれます。
自社だけでプロダクトをつくるのとはまた違い、業界を率いるステークホルダーと一緒にプロダクトをつくるため、つくったものが社会全体に早く実装される確率が高いのが、エスト・ルージュのプロジェクトにおける魅力の一つだと思っています。
エスト・ルージュは、toB/toC、リアル/デジタル、など幅広い変数を扱う必要がある「事業のデザイン」を強みとして、これからも持続的な事業創造に取り組んでいきます。