こんにちは。サイボウズの小林大輔といいます。社内で「アクセシビリティエキスパート」として活動しています。
サイボウズでは、2014年ごろからアクセシビリティについての取り組みを行ってきました。社内啓発活動の一環としてアクセシビリティの社内勉強会やワークショップを継続的に開催したり、実際の製品改善の取り組みも多数行ってきました。さらに社外に向けて、アクセシビリティの重要性や取り組み方を発信する活動もしてきました。
最近では、社内外でアクセシビリティという言葉を少しずつ聞くようになってきました。社内にも社外にもアクセシビリティを発信しつづけてきた身としては嬉しい限りです。
今回は、全盲 (両目が見えない) のエンジニアSUGIさんが入社したことで、私たちサイボウズが得た知見について紹介しようと思います。
もともと、私がアクセシビリティに関わることになったきっかけは、弱視の方へのユーザビリティテストでした。ユーザビリティテストの中で私が作った機能を使ってもらったところ、以下のような発言がありました。
「この文字は薄すぎて私には何が書いてあるかわかりません。勘でクリックしてみます。」
自分が作った機能が全く使いものにならない状況に、衝撃を受けたことを覚えています。発言を契機として、障害のある方でもサイボウズ製品にアクセスできる(使える)ように対応を進めてきました。
例えば、kintoneのモバイルアプリをリニューアルした際には、弱視の方にも見やすいよう、コントラストが高いはっきりとした配色にしました。
また、全盲の方はiOSやAndroidに搭載されている音声読み上げ機能を使ってモバイルアプリを操作します。kintoneのモバイルアプリも、音声読み上げ機能を使って操作できるように工夫しました。
このような取り組みによってアクセシビリティを向上させることはできたものの、一方で課題もありました。
最も大きな課題のひとつは、日々寄せられるアクセシビリティの質問に対して、実際に障害者の方の声を聞ける機会が多くなかったことです。アクセシビリティの一般的な知見やガイドラインに照らしてこうあるべき、という回答はできるものの、自分の回答が本当に障害者の方にとって価値があるかどうかについては、判断できない場面が多々ありました。
そう考えていたとき、社長の青野の紹介で、全盲のエンジニアSUGIさんの採用を検討をすることになりました。SUGIさんと面談する中で、アクセシビリティに関するスキルや興味関心とサイボウズの理念に対する深い共感を感じました。
SUGIさんと一緒に働くことはサイボウズのアクセシビリティを高めるまたとないチャンスだと感じ、青野に対しても、ぜひ入社してほしいと強く希望を伝えました。
(デザイン&リサーチメンバーで採用サイトのアクセシビリティチェックを行っているところ。右が当時入社したてのSUGIさん。)
入社後、SUGIさんは、アクセシビリティのエンジニアとして、さまざまな製品のアクセシビリティの改善活動に携わってもらっています。一緒に製品のアクセシビリティについて議論することにもさまざまな学びがありましたが、もうひとつ私たちにとって大きな気づきがあったのは、一緒に仕事をする中で、自分たちの業務の仕方や業務のツールについて見直す機会が少なからずあったことです。
例えば、SUGIさんが入社してから、グループ全体で、新入社員が学ぶ必要があるスキルを洗い出すブレインストーミング(ブレスト)を開いたことがありました。Web上のホワイトボードツールをつかって、必要なスキルについて話し合っていたのですが、いくつかの問題がありました。
大きな問題は、ホワイトボードツールがスクリーンリーダーに対応しておらず、ホワイトボードツールに書かれた内容をSUGIさんが読むことができなかったことです。ホワイトボードツールにスキルを列挙しても、そのままではSUGIさんがスキルを知るすべがありません。書いてある内容を口頭で読み上げたり、適宜チャットに転記するなど、工夫して伝える必要がありました。最終的に、ホワイトボードツールでまとめた情報はkintoneに転記し、SUGIさんもスクリーンリーダーを使って読むことができるようにしました。
もう1つの問題は、ブレインストーミング中に起こる議論が視覚情報に強く依存していることです。「これとこれは関係しているね」「これは確かにそうだね」のように、「これ」「それ」といった指示語でスキルを表現しても、SUGIさんにんはどのスキルなのかわかりません。また「私がマウスカーソルを合わせている場所をみてください」といった表現も、SUGIさんにはどの場所を指しているのか伝わりません。「"プロトタイプ作成"というスキルは〜」など、スキルを具体的に言葉にして、視覚に依存しない表現を使う必要があります。
アクセシビリティを仕事にしている自分たちも、SUGIさんと一緒に仕事をすることではじめて、考慮できてない部分や、至らない部分を見つけることができたのです。
私は、SUGIさんと一緒に仕事をする中で、アクセシビリティには2つの意味があると考えるようになりました。
1つは「障害者の方の権利を確保するためのアクセシビリティ」です。障害者の方にとって、アクセシビリティは生活や仕事において死活問題です。アクセシビリティが不十分だと、そもそも業務を遂行できないことがままあります。
上述のブレインストーミングの例でいえば、ホワイトボードツールのアクセシビリティや、話し方のアクセシビリティが十分高くないと議論自体に参加できなくなってしまいます。ブレインストーミングの例以外にも、SUGIさんと一緒に仕事をしていると、アクセシビリティが十分提供されていないことによって、仕事上の通知を閲覧する時の困難、社内の会議システムに参加するときの困難など、さまざまな困難があることがわかりました。晴眼者であればまずつまづかない問題です。障害者の方の権利を守るため、アクセシビリティはとても重要だと思います。
もう1つは「すべての人のためのアクセシビリティ」です。SUGIさんと一緒に仕事をする中で、伝わりやすい議論の仕方を工夫してきました。得られた工夫をまとめて、社内勉強会も開催してきました。
勉強会で紹介したいくつかの工夫を示します:
- 論理の構造を意識して、順序立てて、わかりやすく説明する。
- 指示語を使わない。
- 画面共有だけでなく、ドキュメント自体を共有する。
- 視覚的な内容を言葉で説明する。
- できるだけ声に出してうなづく。賛成・反対・感情を声で表現する。
工夫を読んでみると、SUGIさんだけでなく、多くの聞き手にとって有効な内容が含まれていることがわかります。むしろ重要なのは、議論において、わたしたちの発言の根本的なわかりやすさ・論理の明瞭さが求められているということです。
わたしたちは視覚に依存しているので、仮に議論のわかりやすさが不十分であったとしても、画面に表示する情報によってわかりやすさを補うことができます。
しかし、SUGIさんと話すときには、視覚への依存を取り払い、論理の構造を整理して、根本的にわかりやすく伝える必要があります。SUGIさんに対して特別に配慮するということではなく、すべての人に向けて、わたしたちの言葉が本当にわかりやすいかが問われるということです。
わたしたちは、SUGIさんがいることで、より多くの人に情報を伝えるための汎用なスキルを獲得できる機会を得ているのです。
「アクセシビリティの2つの意味」を踏まえて、わたしはアクセシビリティの定義を説明するとき「障害者・高齢者を含めて、すべての人が製品やサービスを支障なく利用できること」と伝えるようにしています。
定義の中には、前述の「アクセシビリティの2つの意味」ーー「障害者のためのアクセシビリティ」と「すべての人のためのアクセシビリティ」を表す意味で「障害者」という単語と「すべての人」という単語、両方を含めるようにしています。
サイボウズでは「チームワークあふれる社会を創る」をビジョンとしています。kintoneなどサイボウズ製品は、さまざまな形でチームへの参加を支援するサービスです。
つまり、サイボウズでアクセシビリティに取り組むということは、チームに参加したいと願うユーザーを、尊重し、支援することだと考えられます。
アクセシビリティをビジョン達成のために必要な考え方の一つとして位置付けることで、他の社員の共感も得られるようになりました。なにより、SUGIさんは、アクセシビリティを慈善事業やCSRではなく企業のミッションに直結した活動として捉えるサイボウズの姿勢に強く共感し、入社を決めてくれました。
会社によってミッションやビジョンは違うと思いますが、より多くのユーザーに使われることや、どんな状況でも製品を問題なく使えることは、間違いなく重要なはずです。
アクセシビリティの取り組みが、もっとさまざまなサービスで、日々の仕事で行われていくことを願っています。
今後もアクセシビリティ中心に取り組みをご紹介していこうと思うので、お楽しみに。