good Inc.として、東北6県に約400店舗のドラッグストアを展開する薬王堂初めての自社開発公式アプリ「ヤクオーダー」の立ち上げと、そのための内製開発組織づくりに携わりました。

本インタビューでは

  • 東北の老舗ドラッグストアである薬王堂が、なぜ内製で開発組織立ち上げを行ったのか?

  • 自社開発経験のない組織が、デザインイノベーターという存在を巻き込んだ理由は?

というテーマに対して、薬王堂の副社長 西郷氏と、good Inc.のデザインイノベーター関口の対談をもとに深ぼります。具体的なデザインプロセスについては、以下の事例をぜひご覧ください。

— ヤクオーダーのリリース、おめでとうございます。まずはこのようなアプリ開発に至った、薬王堂という会社の経営的な考えをお聞きしたいです。

西郷: ありがとうございます。一言で言うと、薬王堂は東北を中心に、地域に根差した顧客中心な経営を続けてきた会社です。

私たちは東北全体にドラッグストアを展開しています。1978年の創業以来、お客さまに真摯に向き合い、小さなことでも疎かにせず、「当たり前」を丁寧に、他では真似のできない水準で積み重ねてきました。

西郷 泰広 取締役 副社長執行役員 兼 DX戦略部長 大学卒業後、IT企業でソフトウェアエンジニアとして経験を積んだ後、エンジニアの経験を活かしてDXを推進するため、薬王堂に入社。DX推進室にて『P!ck and』のサービス開発に携わった後、DX戦略部立ち上げとともに、2022年3月には薬王堂ホールディングス管理部長および薬王堂取締役執行役員管理本部長 兼 DX戦略部長に就任。管理部門の責任者を経て2024年3月から現職。

ドラッグストア業界の競争環境は激しく、ドラッグストアもスーパーもいずれ寡占化が進んでいくと10年前から言われています。実際に、大型店舗が地方につくられ、商店街がシャッター街になってしまったりといったことが起こっているのが現実です。

ただそんな中でも、地元のスーパーであったり、商店街の酒屋であったり、小さな店舗がしっかりと生き残っていたりするんですよね。僕はその理由は、彼らが地域から求められ、そのニーズをちゃんと満たしてきたからなのかなと思っています。

消費者にすごく近いところでサービスを提供している小売業では、その地域のニーズに応えることを追求する経営が一つのあり方だと考えています。薬王堂も同じように、地域の期待に応え続けていくことを重視してきました。

— 薬王堂では、これまでもずっと地域に根ざした顧客中心の経営を続けてきたんですね。

西郷: はい。分かりやすい例を出すと、薬王堂では1店舗あたりの売上が下がったとしても、インフラが整っていない郊外に店舗を出すことにこだわり続けています。

多くのドラッグストアは大都市や駅前など、集客しやすく売上が立ちやすい場所に出店することが一般的です。その流れとは逆に、私たちは創業当初から郊外、もっと言うと周りに何もないような田舎にも店舗をつくってきました。

なぜかと言うと、郊外に住む人ほど買い物インフラへのアクセスが悪いという課題があるんですね。身近にスーパーがないから車で数十分かけて買い物に行くような、そのような方の生活に寄り添えるのは地域に密着して経営をする薬王堂しかいないだろうと考えています。

だから、1店舗あたりの売上は他社と比べるとかなり低かったりもします。それでも目先の甘い蜜に誘われず、地域に根ざしてお客様が求める事に真摯に応える経営を続けてきた事で会社が成長してきました。

— そのように地域のニーズに応え続けてきた薬王堂が、なぜ今デジタル化に取り組んでいるのでしょうか。

西郷: デジタル化というものは、一度進んだら一方向に進み続ける不可逆な流れです。人間誰しも、一度便利な生活を手に入れたとしたら、それを捨てて原始的な生活には戻れないですよね。

そう考えると、この流れは田舎であっても必ず進んでいきます。だから地域に根ざした経営をする私たちとしても、早め早めに手を打っていかなければいけないと思っていました。

ただ難しいのは、地域に密着するということは、デジタルがもたらす利便性だけではない部分も追い求めなければいけないということです。小売業においては、デジタル化の中でもその地域に根差したニーズの満たし方があるような気がするんです。

— なるほど、「地域に根ざしたデジタル化」のためには、具体的に何をする必要があるのでしょうか?

西郷: 僕は、単に「アプリ提供を始めました」「他社の真似をしてプロダクトを用意しました」という域を超えて、自分たちのお客さまのニーズを掘り下げつつ本当に地域で使われるプロダクトをつくることが必要だと思います。

一方で、個々の小売企業では自社に開発組織を持っているわけではなく、単発的な開発で終わってしまうことも少なくありません。私たちも他社プラットフォームを活用して「P!ck and」というサービスを運用していましたが、自分たちでつくる力を持っていないため、地域特有の個別のニーズに対して素早くアプリの改善を進めることができなかった経験がありました。

— 単に開発する、アプリをリリースする、ということ以上に、継続的に改善する力が必要だったんですね。

西郷: そうです。地域のお客さまの生活を深く熟知し、その痒いところにまで手が届くような、薬王堂だからこそつくれるアプリの体験がつくれなければ、地域に根ざした小売業がデジタル化を進める意味が薄くなってしまいます。

そう考えた時に、私たちがやるべきことはアプリを立ち上げることではなくて、地域に根差したプロダクト開発を続けるための “内製開発組織” をつくることなのではないかと気付きました。

「ヤクオーダー」というアプリを自社で開発すればOK、ということではなく、これまで店舗で行ってきたように、地域のニーズを継続的に回収しデジタルプロダクトを改善し続ける。そのような活動を続けるために、やはり自社に組織が必要なのだと確信しました。そこで、副社長である私が全力でコミットしていくべきだと経営層にも説明し、その大事さを理解してもらって、今こうして頑張っているという感じです。

— とはいえ、薬王堂にとって初めての内製開発だったと思うのですが、迷いはなかったのでしょうか?

西郷: もちろんめちゃくちゃ迷いましたし、今もずっと大変ですね (笑) 例えば、ヤクオーダーの開発を始めると「東北最大のドラッグストアの、初の自社アプリ開発」という旗印のもと、これまでの薬王堂にはあまり集まらなかったような多様な価値観やバックグラウンドを持った人たちが集まってきて、いろんな意見が生まれるようになったんですね。

そうなった時に、今までの組織運営のあり方では、なんだかまとまりのないチームになりつつあるな、という危機感を持ったんです。いろんな人がいろんな意見を言うし、バックグラウンドが違うから微妙に会話が噛み合わないこともある。この状態でいいプロダクトができるんだろうか、と。メンバーのストレスも伝わってきましたし「これはまずいな」と。

— そこでデザインイノベーターとして関口さんが組織づくりにも関わり出したんですね。

西郷: そうですね、これはもう今までの薬王堂とは全く違う、新しい会社だと思って組織を作っていくべきなんじゃないか、と考えるようになった時に、少しずつ迷いながら泥臭く組織化のプロセスを一緒に進めてくれたのがgood Inc.の関口さんでした。

関口: ありがとうございます、西郷さんと一緒に進めてきたこの約1年間は、僕にとっても非常に印象深い期間でした。

関口太一 (写真右) good Inc. CEO / Founder / Design Innovator デザインイノベーターカンパニー good Inc.代表。みずほ銀行、薬王堂などさまざまな会社の事業や組織にデザインイノベーターとして直接支援をすると同時に、クリエイター人材創出事業THINKINGなど自社での新規事業立ち上げ・グロースも行う。

関口: 僕は、西郷さんが薬王堂に内製開発組織を立ち上げることを決めた2024年前半から、プロジェクトにジョインさせてもらいました。

ヤクオーダー立ち上げのための顧客調査・プロダクトスコープの設定・プロトタイプでのテスト・ブランド設計など、諸々の開発プロセスを一通りリードしつつ、同時に開発組織立ち上げのための採用・開発フローの設計などを西郷さんと一緒に進めてきました。

ヤクオーダー立ち上げプロジェクトの全体像

— 関口さんは、薬王堂の開発組織づくりに対して、どのような役割を持っていたのでしょうか?

西郷: 関口さんは、アプリ開発を迷いなく進めていく力を持っていることはもちろんなのですが、これからの内製開発のために目線を持って動いてくれることが今の薬王堂にものすごくフィットしていました。

デザインを軸にしながら、あらゆる議論の中で「それをどうやって明確にみんなに伝えますか?「どのようにアウトプットすればユーザーにとって価値になりますか?」などと問いかけてくれて、誰もが共感できる状態でものづくりを進められるようにしてくれています。

プロダクト自体だけでなく、議論のプロセスや、ものづくりのプロセスも含めてデザインしてくれるという感覚でしょうか。そもそもアウトプット自体も良いのですが、お客さまへのテストや、ブランド設計の議論、組織の体制設計など、単にアプリを出して終わりにしないために、それが生まれるまでの過程にもチームを巻き込みつつ、再現性を生んでくれているのがとてもありがたいです。

— 具体的にどのような活動が印象的でしたか?

西郷: 例えば、ヤクオーダー開発の初期段階に、お客さまの声やアプリに求められる声を一緒に整理したプロセスは印象に残っています。

関口: そうですね、僕も薬王堂を利用するお客さまが、薬王堂のサービスだからこそ求めていることを知りたかったこともあり、西郷さんや薬王堂社員の方と一緒にインタビューを重ねてその結果もチーム全員で整理したのは良いプロセスだったと思います。

薬王堂のお客さまやスタッフが求めていることや課題をチーム全員でインタビューし、整理

西郷: ここで議論したことから「まずは初期のスコープは配送を入れないようにしよう」とスムーズに決められたのも良かったです。

関口: そうですね、とはいえ実際にアプリで受け取り予約をした後に、実際の店舗の方がオペレーション的に対応できるのかも検証すべきでしたが、ここについてもすぐに実店舗でのテストが行えたのもとても良いプロセスでした。

西郷: チーム全員で店舗に行きプロトタイプで検証したのは「こう進めれば良いのか!」と目から鱗でした。関口さんがリードしてチームを巻き込んで進めてくれたことで、結果はもちろんですが、今後も同じような開発プロセスを再現していきたいなと思えました。

チーム全員で、店舗スタッフのオペレーション体験を確認するために、実店舗でプロトタイプテストを実施

関口: 他にも、ブランド設計のプロセスもチーム全員で進められたのは良かったですね。デザイナーだけでこのような整理を進める場合もあると思いますが、自社で初めてアプリを開発するとなったら、今後も何度もこのような議論は行われるはずで、プロセスを一つひとつチームで進めることで認識が揃っていった感覚があります。

開発経験をチームで積むために、ブランド設計に関する議論もチーム全員で行う

西郷: あとは、開発組織の人数が増えてきたときに、誰がどこまで意思決定をするのかをうまく組織の仕組みに落とせたのは本当に良かったです。

関口: そうですね、西郷さんの価値観をもとに「それがチーム全体に広がるためには?」「ということはこのような組織設計になれば良いですかね?」と理想的な組織での意思決定のフローを可視化しつつ、膝を突き合わせて議論できたので、納得度の高いアウトプットになったんじゃないかと思っています。

開発組織としての意思決定フローについても定義

— 具体的に、薬王堂の開発組織はどのように変わっていきましたか?

西郷: まず、ヤクオーダーが公開できたことは一つの大きな進捗です。現在店舗を絞った限定公開としていますが、順次提供店舗を拡大していく想定で運営しています。

西郷: また、開発組織の構築についてもうまく進捗が生まれています。薬王堂では、「東北採用」にこだわって、東北にゆかりのある方に採用対象を絞っているのですが、現在開発組織には10名のメンバーが社員として加入してくれています。

1年間で開発メンバー0人だったところから、10名にまで組織が拡大し、安定して企画推進をしていけるワークフローも構築できているのは、大きな進歩ではないかと思います。

関口: 組織の雰囲気もかなり良くなってきましたね。

西郷: はい、戦略レイヤーと企画レイヤーを分けたことで、企画担当のメンバーが自律的にアイデアを検証していく流れができてきました。個々の能力も発揮できるし、コラボレーションも生まれて、結果的に今後も良いプロダクトづくりを続けていけるんじゃないかと思っています。関口さんには、本当に大きな責任を持ってもらっていたなと思いますね。

関口: 顧客に寄り添う姿勢を重視する薬王堂という会社のスタンスや、そこに集まってきた想いのある社員のみなさんがいてこそだったので、僕も本当に学びになりました。一緒にこれからも開発組織を強くしていきましょう。

— ありがとうございました。最後に改めて、これからの薬王堂でのデジタル化の未来についてお聞きしたいです。

西郷: 僕は、地域のみなさまの暮らしや生活をインフラとして支え続けられるデジタル体験をつくっていきたいです。

ヤクオーダーは買い物の一つの手段ですが、日常を劇的に変えるというよりは、今までにない「少し」の違いを生み出すことが大事かなと思っています。「前より買い物が楽しくなった」でも良いし、「買い物の負担が減った」でも良い。「夫婦で協力して買い物ができるようになった」でも良い。

買い物という日常の体験に、また別の感情的な価値が生まれるものになっていく、そのためにヤクオーダーが寄与できたらいいなと。その先に、「このサービスがあってよかった」「薬王堂が近くにあってよかった」と思ってもらえるところまで持っていきたいです。

「これがないと私の人生は成り立たない」とまではいかなくても、地域の生活を本当に支え続ける存在でありたい。ライフステージが変わっていく中でも、ストレスなく買い物という体験を支えていける、そのためにヤクオーダーがあるといいなと思っています。

関口: これはずっと顧客に寄り添い続けてきた薬王堂だからこそできることですよね。

西郷: そうですね、デジタル化というと利便性を追求するような捉え方もあるかもしれないのですが、僕は少し違う見方をしています。

利便性を追求することは人の幸福に繋がる部分もあると思いますが、一方で失われていく人間性みたいな部分もあると思うんです。「古き良き時代」みたいな、人と人との距離が近い感じってあるじゃないですか。商店街なんかはそれを象徴する部分かなと思うと、シャッター街になって失われていく世の中はちょっともったいないなと。

なので、これまでと変わらず地域のみなさまが求めていることに応えていく、それをデジタルだからこそできることで拡張していくというイメージですね。

関口: とても共感しますし、そこを目掛けて内製開発組織をもっと良いチームにしていきたいですね。

西郷: はい、関口さんには今後も二人三脚で泥臭く、薬王堂らしいものづくりを再現できるようなプロセスをつくっていくことを一緒に進めてもらいたいので、これからもよろしくお願いします。

関口: すごく期待いただきとてもありがたいです、チームのFounderのような関係性でこれからも一緒にものづくりを進めていきましょう。

*本事例は、株式会社サーキュレーションがクライアント企業からの正式な許諾を確認し、内容の信頼性を審査した上で、 プロ人材関口太一による発信を公式に承認したものです。 本事例はプロシェアリング事業を通じた支援実績であり、記載内容は、機密保持契約に基づき、匿名化・抽象化しています。

このデザイン組織をもっと知る