AIナレッジプラットフォーム「Qast」を運営するanyでは、ナレッジマネジメントという正解の見えづらい領域におけるプロダクト戦略について全社で目線を揃えるために、プロダクトのあるべき姿をバックキャストで考える「プロダクト未来会」という会を開催しています。
この会を立ち上げた背景には
事業成長に伴って顧客層が広がりユースケースが多様化してきたこと
AIを活用した機能を複数立ち上げたことでプロダクトがやや複雑化してきたこと
今後マルチプロダクト化を進めるためにQastに担わせる役割や価値を整理する必要があったこと
など複数の文脈がありました。この「プロダクト未来会」でQastとしてのビジョンや今後のプロダクト群として目指すこと/役割を議論したことで、今後つくっていくプロダクト群の見通しがつき、会社として目線が揃った状態でプロダクト開発を進められるようになっています。
Qastは社内に埋もれる個人の知識や経験を引き出し、業務の効率化と企業価値の向上を実現する「AIナレッジプラットフォーム」です。
2018年のリリース当初より大企業のお客さまを中心に多くの導入をいただき、ユーザー数は8万人以上と大きく成長しています。
一方で、事業が成長しスタートアップから大手まで幅広いお客さまにQastを使ってもらえるようになったことでプロダクトに対する要望の幅は広くなっていきました。
うまくプロダクトをマネジメントしたい反面で、成長を止めないためにはお客さまからの個別の要望に応えていく必要もあり、結果として要望駆動な開発スタイルが中心になっているような感覚がありました。
要望に対して応えること自体はもちろん間違いではないのですが、プロダクト全体としての未来像を描ききれていないまま個別の機能開発が進んでいくことでいくつかの問題が生まれ始めていました
- 機能開発が並行して走り、プロダクトの体験が複雑になってきた
- 開発ロードマップに入っていない機能について議論する場がない
- 長期的なプロダクト構想やプロジェクトが進めづらくなってきた
ここで私が提案したのが「要望駆動だけでなく、バックキャストでの開発も両立させられるようにしていきませんか?」という問いかけでした。
理由は複数あるのですが、一番大きな理由は「Qastの場合、要望駆動だけでプロダクトを作ることが適さない側面もある」ということです。
なぜかというと、企業におけるナレッジマネジメントというのは30年以上も最適解が見つかっていない非常に難しい領域であるためです。
そのためお客さまの要望に真摯に向き合う姿勢は絶対に大切ですが、いただいた要望をそのまま反映させていくだけでは良い体験がつくれるとは限らないと考えています。anyはまだ誰も見たことのないナレッジマネジメントの理想の形を描き、それをつくりあげていく必要があるのです。
また、ユースケースの多様さも影響しています。
ナレッジマネジメントを必要とする会社は膨大にあります。これは市場が広いとも見れますが、同時にユースケースも多様であるということを押さえないといけません。
例えばQastのお客さまには「業務プロセスを明確に規定し全社で標準化したい」企業と「現場起点のアイデアやノウハウを部署・店舗間で自由に共有しボトムアップで進化させたい企業」がいて、それぞれやりたいことが違っています。このどちらかの要望だけで機能開発を進めても、 一部のニーズは満たせるが全体のニーズは満たせないプロダクトになってしまいます。
この構造を踏まえるとナレッジマネジメントという領域のプロダクトマネジメントにおいては要望にそのままお応えしていくだけでなく、「Qastとしてこうしていくべきだ」という自分たちの考えを持つことが重要です。
“Qastとして理想とするナレッジマネジメント” を言語化し、すべての機能開発やコミュニケーションの指針にしていく。このようなバックキャスト型での開発スタイルが要望駆動な開発と両立されるべきだと考えています。
バックキャスト型の開発を進めていくために、まずは今の開発フローとは別に場を置いてQastやその先のプロダクト群のあるべき姿を言語化する「プロダクト未来会」という会議体を立ち上げました。
昨年5月から11月までの約半年の期間で以下のようなアジェンダで月に1〜3回ほど議論を行ってきました(現在も不定期で開催されています)。
Qastの現状の課題
Qastが目指す世界観について
プロダクト群全体の構想と、MOATについて
自社の事業のコア価値と今後の方向性
3rd, 4thプロダクトの方向性とは
Qastというプロダクトにどこまでの範囲の機能を担わせるか
最初のリニューアル “ホーム画面” のあるべき姿
会議のメンバーとしては経営陣+開発に関わる各職種の代表(PdM, デザイナー, エンジニア)が参加しました。
詳しくは後述しますが、この議論の結果として
プロダクトのコア価値と今後の方向性 (インセプションデッキ) の言語化
プロダクト群の全体像と、新プロダクトのコンセプト
Qastリニューアルの方向性、ホーム画面の具体設計
シリーズB調達時の事業展望資料
anyという会社が取り組んでいくことの言語化
などいくつものアウトプットが生まれ、any全社として長期的な目線を持ったバックキャスト型の開発を少しずつ進められるようになっています。
すべての議論を取り上げると膨大になってしまうので、ここでは3つのプロセスに絞って議論の進め方についてまとめてみたいと思います。
まずそもそも未来会のような長期視点の取り組みは非常に形骸化しやすいことを意識して、既存のプロジェクトや売上増加のための機能開発など “引力の強い話” と両立させるためのコミュニケーションや場づくりを心がけました。
おそらく成功要因となったのは「経営陣や各職種の代表を巻き込む」「目先の目的を設定して意義を感じやすくする」「議論はすぐ可視化する」の3つでした。
バックキャスト型で開発を進めていくためにはプロダクトの未来像をチーム全員が共有しておく必要があります。
PdMやデザイナーだけが具体的にイメージしていても要望に対する向き合い方や機能開発の優先度は変わりづらいので、理想としては経営やCSメンバーなどプロダクト開発に関与するすべてのメンバーが議論に参加すると良いと思います。
なので未来会には経営陣+開発に関わる各職種の代表(PdM, デザイナー, エンジニア)に参加してもらい、課題を共有して納得感を醸成するようにしました。
ここで注意しなければいけないのが、チーム全員を巻き込む意義が伝わらず取り組みが頓挫してしまうことです。抽象的な議論が続くと「これ何の意味があるの?」という違和感が生まれ始め、徐々に参加率が下がり、、となってしまうのはよくある構図です。
未来会で工夫したことの一つは意義を感じやすいように目先で必要なアウトプットを目的にしたことです。
具体的には、シリーズBの資金調達を控えていたタイミングだったため、投資家にプロダクト構想を説明するための資料を作りピッチデックに反映することを目先のゴールに設定しました。これがうまく経営層としての意義を生み、積極的に未来会に参加してもらうことができました。
議論を進める時は見えるアウトプットをつくってから話すことを意識しています。例えば「プロダクトのコアな価値は?」というテーマであれば、三宅がインセプションデッキというフレームを用意して各人にその場で埋めてもらうというワークショップ的な進め方をしました。(*詳細は後述)
また、全員であるトピックについて議論したら、次の会では話した内容を取りまとめた図解やピッチデックのたたきを持ち込むようにしていました。
「何を話しているかよくわからない」「良い話はしているのだけど、何に繋がるのか具体的にわからない」といった声が生まれるのは会話ばかりで具体が見えないからです。デザイナーとして議論が可視化され続ける仕組みをつくり全員の認識を揃え続けることにこだわりました。
未来会の具体的なアウトプットの一つは自社の事業のコア価値と今後の方向性の言語化 (インセプションデッキ作成) でした。
最初の3回の未来会で以下のトピックで会話をしました。普段話さないような未来の話を中心にしていき少しずつ認識は揃っていったものの、議論中心だったために全体として意見が揃うまでには至っていませんでした。
Qastの現状の課題
Qastが目指す世界観について
プロダクト群全体の構想と、MOATについて
そこで第4回として「自社の事業のコア価値は何か」というアジェンダを用意し全員で言語化しにいきました。
以下のようなフォーマットのインセプションデッキを用意して参加者それぞれに内容を埋めてもらいました。誰か1人だけが議論を主導するような状態を避けるため、全員にアウトプットを出してもらうようにしています。
未来会の中でそれぞれのインセプションデッキを並べて意見を述べ合います。意思決定をするというよりも「なぜこういうことを考えたのか?」とお互いにイメージをすり合わせるような時間にしました。
こうした議論をしていった結果、anyのプロダクト群を通して提供したいコア価値は「最高のチームをつくる」ことだという結論にたどり着きました。例えばナレッジマネジメントには、あるトップパフォーマーの暗黙知が引き出されてチーム全体のパフォーマンスが改善されたり、ナレッジを提供した人に同僚から称賛や感謝が伝えられてモチベーションが高まったりと、数値成果の面でも感情の面でもチームの力を最大限引き出すプラスの効果が期待できます。
このワークを経て「最高の仕事を、最高のチームと。」というキーメッセージが生まれ、同時期に制作が進んでいたコーポレートサイトのトップページにもその言葉を入れることになりました。
シリーズB資金調達でのピッチデック作成のために、Qast以降のプロダクト群の全体構想や2nd / 3rd / 4thプロダクトのコンセプトを具体化していきました。
インセプションデッキのアウトプットをもとに三宅がプロダクト群の全体構想を一枚の絵にまとめ、未来会の冒頭で共有。
ここまでにチーム全員でアウトプットを出し合いすでに少しずつ共通認識が生まれ出していたので、このプロダクト構想についてもスムーズに意思決定できました。
このような議論でよくあるのは「未来のことすぎて、不確実で意思決定が難しい」となって決まらないことです。 実際、2nd / 3rd / 4thとプロダクトの構想を具体化していっても、「これで本当に良いのか?」という不安はなかなか拭えないだろうなと思っていました。
私はこのような状況を避けるためには “不確実でも一旦決める” というスタンスをすり合わせるしかないと思います。
未来会の場合は短期的なゴールを “シリーズB調達におけるピッチデック作成” と置いていたので、「検証を進める中で2nd / 3rd / 4thの位置付けは変わるかもしれないが、今のベストな戦略はこれ」というところで、更新前提で意思決定しています。
このようにプロダクトの全体構想が固まっていくと、1stプロダクトであるQastにどこまでの役割を担わせるべきか、ということも見えてきます。
例えば未来会と同時期にQastに「ホーム画面」という新たな画面を加える構想が生まれていました。ただ、いくつも満たすべきユースケースがある中でどんな機能を置けば良いか・どんな印象とすれば良いかを悩んでいました。
そんな中で、未来会でプロダクト群の構想が固まり「1stプロダクトであるQastはナレッジマネジメントの機能に絞っていく」と改めて整理できたことで、ホーム画面で満たすユースケースを整理して仕様を固めることができました。
Season1・2の合計全16回にわたる「プロダクト未来会」 を通して、徐々に「バックキャスト型の開発」という新たな視点が組織に浸透し始めています。
バックキャスト型のアプローチでつくられた「ホーム画面」もリリース後にお客さまから良い反応をいただいており、「とても見やすい」「わかりやすくて良い」「ホームの機能が個人的にとても刺さる」といった声が届いています。
開発組織としても、バックキャスト的なプロダクト開発プロセスの経験ができたことで以前よりも理想から逆算した議論がチームで起こるようになったと感じています。
今回の未来会に参加したメンバーからも以下のような感想をもらっています。
また、Qastを含むプロダクト群の位置付けが整理されたことでシリーズB調達時のピッチデックもアップデートされました。
これは未来会だけの力ではありませんが、投資家のみなさまから今後の事業の展望に大きく期待を寄せていただくことができ、結果として10億円以上のシリーズB調達を実現することができました。
前述した通りナレッジマネジメントの正解は30年以上定義されておらず、ナレッジを活用したいお客さまのユースケースも多様です。
だからこそ「anyとしてはこう考える」というバックキャスト的な強い理想を持つことが必要です。もっというとこれだけ正解が見えづらい領域だからこそ、確固たるビジョンを持っていればQastやanyはナレッジマネジメントというまだ正解のない領域をリードしていける存在に必ずなれるはずだと考えています。
anyが今取り組んでいる事業には、市場が広く正解も見えない領域だからこその面白さがあります。プロダクトデザインにおいても、市場や体験の理想を描き、それをチームのものにしていくディレクションの力が強く求められていると感じます。
ナレッジマネジメントの王道を描くところからはじめるanyのプロダクトデザインを今後も全社で進めていきます。