サイボウズデザイン&リサーチグループで、UXリサーチャーをしている齋藤です。現在は、kintone(キントーン)という製品のプロダクトマネージャーと兼務しながら、kintoneを魅力的なプロダクトにしていくための活動を行っています。
今回は、2019年から2020年にかけて実施した、kintoneモバイル版のリニューアルにまつわるUXリサーチの動きをまとめてみようと思います。
kintoneは、自社の業務に合わせてアプリケーションをつくることができる、業務システムです。
例えば、業務日報や顧客からのお問い合わせ管理など、Excelなどを駆使して管理・運用されていた業務を、プログラミングなしで自社のアプリケーションに置き換えることができます。
いわゆるBtoBプロダクトであり、現在、約18,000社にご利用頂いています。使っていただいている組織、チームは産業も規模もさまざまです (コーポレートサイトより)。
サイボウズでは、「kintone」以外にも、大企業向けグループウェア「Garoon(ガルーン)」、中小企業向けグループウェア「サイボウズOffice」、メール共有システム「Mail Wise(メールワイズ)」といったプロダクトを扱っています。これらすべてがBtoBプロダクトです。
こうしたBtoBプロダクトのUXデザイン・UXリサーチの難しさの一つに、「お客様の顔が見えにくい」といったことが挙げられます。それは、BtoBプロダクトの特性として、購買や契約する意思決定者と、実際の利用者が異なる、というケースが多いためです。
例えば、プロダクトの購買フェーズだけをとっても実に多くの方が関わります。サイボウズが直接お客様にプロダクトを販売・提供するパターンだけではなく、パートナー企業や販売会社から提供されるパターン、SIerと呼ばれるシステム開発が得意な企業が私たちのプロダクトをカスタマイズした上でお客様に提供するパターンもあります。
また、利用フェーズにおいても様々な登場人物が存在します。例えば、社内でそのシステムを管理する役割の方、現場に近いところで部門や業務を管理する方、そして用意されたシステムを毎日利用する方もいれば、週に1回・月に1回の申請/承認作業だけ利用する、といった方もいます。さらに、年齢層はもちろんのこと、ITリテラシや、PC/スマホのデバイスの利用経験も様々です。
このように、BtoBプロダクトの利用者体験は多くの登場人物、多様な利用シーンで構成されているため、開発現場からは”お客様の顔”が見えにくくなりがちです。しかし、こうした複雑なものを紐解いていったり組み合わせていく作業は、BtoBプロダクトのリサーチ・デザインを行う上での醍醐味でもあると思っています。
サイボウズでは、この遠くなりがちな”お客様の声”を色々な方法で集めていますが、その一つに、定期的に実施しているユーザーアンケートがあります。このアンケート調査により、様々な機能の活用状況や満足度、製品に対するNPSなどが、経年変化でわかるようになっています。
2017年のアンケート調査では「kintoneのモバイルアプリが、他の機能と比較して活用度が高い割に満足度が低い」という事実が浮き彫りになりました。
活用度が高いのに不満足が高いということは、それだけその「不満足さ」に直面する頻度も高くなってしまうということ。これらが改善されないとプロダクト全体への好意度も下がってしまう恐れがあります。
また、業務システムの場合は組織やチーム単位で利用されることがほとんどです。いちユーザーが「この機能は使いにくい。使うのが嫌だ。」と思っても、「じゃあ明日からうちの会社ではそのサービスを使いません」とはなりにくいものです。ここは、BtoCとBtoBの利用者体験とが大きく異なるポイントでもあります。このまま満足度が低い状態が続いてしまえば、毎日のようにストレスの高い業務を強いる、そんな最悪な体験を提供し続けることになってしまいます。
このリニューアルプロジェクトでは、なぜこんなにもモバイルアプリの満足度が低いのかを理解し、改善の方向性や仮説を立て、それらを確かめるためにプロタイプ検証を行う、といったリサーチの進め方をしました。ここからは、BtoBプロダクトのリサーチをする上で、これは大切だったな、よかったなと感じたポイントを3つ紹介したいと思います。
サイボウズでは、UXリサーチャーだけでプランニングからリサーチを完結させて最後に関係者にレポートだけ共有して終わりにする、といったケースはほとんどありません。プロダクトマネージャー、UXデザイナー、UXリサーチャーが協働しながらリサーチ活動を進めることが多く、特にその中でも同じユーザーを関係者が一緒に観察する、といったことを大事にしています。BtoBプロダクトのUXリサーチの中では、様々な立場からのユーザーの声やフィードバックに直面します。そうしたときに、そのフィードバックの前提や背景情報が揃えた状態にしておくことは、次の一手を考える上でとても大切になってくるからです。
具体的には、インタビューやUTのセッションが終わった後や一日の終りには関係者でデブリーフィングを行い、お互いのファインディングスを共有したり、次のセッションに向けての改善などを出し合います。
今回のプロジェクトの中でも、ユーザーの反応を見た上で、次のセッションに向けてプロトタイプをブラッシュアップするなど、かなり柔軟にリサーチ活動を進めていきました。こうした柔軟さも、意思決定者が一緒に参加しているからこそ。より良いものを確実に作りあげていくためには、リサーチ活動の中で多くの意思決定が必要となっていきます。
製品開発におけるリサーチ活動では「結果の正しさ」よりも「意思決定できる材料であったか」どうかが重要だと思っています。UXリサーチャーだけではなく、それぞれの役割を持ったチームメンバーが参加し、同じユーザーを一緒に見て、一緒に話を聞いた上で、議論し、意思決定をしていく。これが一番次のアクションにつながりやすいと考え、このスタイルでリサーチに取り組んでいます。
今回は、普段のリサーチとは異なり、イベント的な要素を盛り込んだリサーチにも取り組んでみました。サイボウズでは、年に1回「Cybozu Days」というビジネスカンファレンスを幕張メッセで開催しているのですが、そのイベントでプロトタイプを使ったヒアリングを行いました。
このリサーチの目的は大きく2つ。1つは、パートナー企業やお客様に「モバイルがもうすぐリニューアルされるので期待してください」というお披露目として。もう1つは「こんな方向の改善を考えているけど本当に期待していただけているのかな?」と、デザイナーや関係者が実際にユーザーと触れ合い会話をする中で、反応や感触を確かめることでした。
写真にあるように、kintoneのブースに立ち寄っていただいたお客様(既にkintoneを利用されている方)に、プロトタイプを触っていただき、ヒアリング調査を実施。
最終的に、ヒアリングやアンケートにご協力いただいた方は120名余り。お一人お一人に、改善ポイントを説明し、共感していただけるポイントや期待していただける改善の方向性になっているかどうかを確かめていきました。
このリサーチでとても嬉しかったのが、モバイルリニューアルの活動自体を応援してくださるお客様が多かったことです。お客様が遠い存在になりがちなBtoBプロダクトですが、こうしたイベントの場を活用してお客様の声を直接聞くことで、参加メンバーのモチベーションを高めることもできるなと感じました。またお客様に対しても、リサーチ活動を行って改善していくぞという姿勢をお見せ出来たこと、いつでもフィードバック寄せてくださいねということを直接お伝えできたことも、大きな収穫だったと思います。
リサーチ活動は、お客様と開発チームとのコミュニケーションの場になり得る。そんなことを実感できた印象深いリサーチになりました。
今回のリサーチは関係者も多いため、結果をわかりやすく伝えるということも意識的に行ってきました。デザインプロト段階、簡易実装段階、最終実装段階と、開発フェーズが進むごとに、UTを行ってきましたが、こういった進め方の場合、現行版と改善版、前回版と今回版といった形で何かしらの比較軸を持つことが大事です。普段のUTでは観察による問題点抽出に重点を置いていることが多いのですが、このプロジェクトでは、SUS(システムユーザビリティスコア)を採用して比較をしていました。
SUSは、10程度の質問によってそのシステムのユーザビリティを測定する手法で、100点満点のスコアで表されるものですが、このくらいのスコアだったら、製品として受容されそう/されなさそうといった1つの目安にすることができます。長い期間をかけて継続的にUTを行う場合に、このようなスコアを活用すると、この方向のブラッシュアップで確実に改善されているぞと、チーム内でも実感を得ることができるのでおすすめです。下の画像は社内で共有したSUSの早見表です。リサーチに詳しくない関係者でもそのスコアがどの程度の評価なのかを理解しやすくなればと思い作成しました。
また、先程紹介したイベント内でのプロトタイプヒアリングの結果は、実装直前のフェーズということもあり、機能の優先度付けのインプットとしても活用されました。
「レコード一覧」という画面は、kintoneの顔とも言える画面なのですが、そこに改善のテコ入れするかどうかは実装コストにも大きな影響がある画面でもあります。しかし、お客様の期待度を他の改善ポイントと比べてみると、その期待の高さは際立っていることがわかり、実際にこの改善を盛り込んだデザインで最終版リリースされることになりました。
これらのリサーチ活動を経て、2019年の春にkintoneモバイルのリニューアル版が無事ローンチされました。この改善の効果が大きかったのか、その年のユーザーアンケートではモバイルに関する不満足の割合が大きく減る結果に。また。リサーチの中で頂戴したお客様の声が実際の製品開発に反映されていますよ、ということを伝える活動も進んでいます(下記参照)。
「kintoneのユーザーアンケートと製品開発への反映」よりhttps://cs.cybozu.co.jp/2020/007154.html
私は前職から含めると約10年ほどUXリサーチに携わってきていましたが、今回のモバイルリニューアルのリサーチ活動を通して、多くのことを学びました。その1つが、リサーチ活動自体がお客様とのコミュニケーションの場になるということでした。
BtoBプロダクトは、作り手と利用者との距離が遠くなりやすく、リサーチもデザインも難易度が高い面がありますが、その分、ユーザーに喜んでいただいたときの嬉しさも大きなものがあります。そして、自分たちが行ったリサーチ活動によって、お客様に製品への期待を抱いていただくこともできるし、逆に改善活動に対する応援の声をいただき開発チームのモチベーションを高めることもできることに気づくことができました。
こうした、開発とお客様との間により良いフィードバックループを作り出すことができれば、お客様の顔の見えにくいBtoBプロダクトであっても、継続的に価値ある体験を届けていくことができるのではないかなと考えています。
現在私はプロダクトマネージャーを兼務する形になったので、このBtoBプロダクトならではの開発の醍醐味をエンジニアをはじめとした開発チームに伝えていき、チームみんなでユーザーのことを考える機会をもっともっと作っていこうと思います。