コニカミノルタ株式会社(以下コニカミノルタ)は医療・産業・ビジネスの現場を支える多彩な製品・サービスを展開しています。
私たちはインハウスデザイナーとして、さまざまなプロダクトデザイン開発に携わってきました。
この記事ではその一例として、私たちが手がけた超音波画像診断装置「SONIMAGE MX1(ソニマージュ エムエックスワン)」を取り上げ、コニカミノルタのインハウスデザイナーが、どのように医療機器のハードウェアデザイン開発を行っているかご紹介します。
コニカミノルタでは多様な事業や製品の開発を行っており、すべてが同じプロセスで進むわけではありませんが、私たちデザイナーが実務の中でどんな視点を持ち、どのようにアプローチしているかをご紹介します。ハードウェア開発に興味のある方や、プロダクトデザイナーを目指す学生の皆さんへ、仕事のリアルをお伝えできれば幸いです。
「SONIMAGE MX1」は、2018年に発売を開始した超音波画像診断装置です。
外来診療だけでなく、訪問やスポーツドクターによる診療など、さまざまな場面で活用できるコンパクトさを追求し、診断に適した高画質技術を有することが特徴です。
超音波画像診断とは一般に「エコー検査」と呼ばれ、レントゲンやCTなどX線を使う方法とは異なり、超音波(人の耳には聞こえない高い周波数の音)を利用して体内をリアルタイムに画像として映し出します。
検査では超音波を送受信する「プローブ」を体に当て、跳ね返る音が画像へ変換されます。この検査は心臓や臓器の観察、妊婦の赤ちゃんの成長を見るほか、血管や神経を見る際にも使われます。
「SONIMAGE MX1」にはその前身となる「SONIMAGE HS1」がありました。
従来エコーは、患部の高解像度の画像を得るために高度な操作訓練が必要であり、医師ではなく専門の技師によって運用される医療機器であるというのが一般的な認識でした。
「プローブ」を開発する上で重要となる材料と微細加工において世界有数の技術をもつコニカミノルタは「SONIMAGE HS1」において、他社に類を見ない高画質プローブの開発に成功しました。これにより、これまで確認が難しかった患部を、容易に視認できるようになりました。
さらにタッチパネルを使った視覚的でわかりやすい操作を取り入れることで技師と医師がそれぞれの立場でより扱いやすい設計を実現しました。こうした技術革新により、コニカミノルタは医療現場に新たな活用の可能性と臨床的価値を広げてきました。
SONIMAGE HS1が臨床現場へ浸透していくと、医師によるさらに積極的なエコーの現場導入が進み、従来にない利用シーンが見られるようになってきました。
こうした利用シーンの拡大に伴い新たに生まれてきたニーズに向けて、「SONIMAGE MX1」の開発はスタートしました。
このニーズの反映のため、機能や見た目を整えるだけではなく、実際にどのように使われるのか、お客様への共感、お客様自身の「体験」を起点にした再設計に取り組みました。
コニカミノルタではデザイナーが用いる価値創造のフレームワークを多くの社員が活用できるよう「コニカミノルタのデザイン思考」として体系化を行っています。このフレームワークの中でも大切にしているのが、お客様への共感を起点とした考えであり、それらを価値開発へとつなぐ間にあるのは「体験のデザイン」です。
私たちインハウスデザイナーも、お客様の価値観と、製品に備えた提供価値の間で、どのような体験が創出されるのか。その視点を常に念頭に置きながら、ハードウェアとソフトウェアの境界を設けず、一連の体験としてデザインすることに取り組んでいます。
その考え方は「SONIMAGE MX1」の開発プロセスにも色濃く反映されています。本製品の開発には数年を要し、大きく前半と後半で異なるフェーズを経て進行しました。
前半では、デザイナーが自ら医療現場に足を運び、実際に診療の様子を観察。その中で得られたインサイトをもとに、コンセプトの定義やプロトタイピングを繰り返していきました。後半では、前半で定めたコンセプトをもとに、具体的に生産可能なデザイン開発を進行。最終的に、現場検証などを行ったうえで、製品発売へとつなげていきました。
ここからは、具体的なプロセスや意識していた点をご紹介します。
製品開発にあたって、まずデザイナー自身が医療現場に足を運び、医師の協力のもと検査や治療がどのように行われているかを観察することから始めました。
その過程では、現場で感じた課題に対して仮説立案・プロトタイピングを行い、それに基づく提案を実施。実際に現場で使えるかどうかを評価してもらうプロセスを重ねていきました。
プロトタイピングの手法としては、数百枚に及ぶスケッチから、ペーパーモックアップ、3Dプリンターによる外観モックなどを用い、段階的に仮説検証を進めました。
複数の診療科での観察やヒアリングを通じて、現場の状況や課題を丁寧に把握していき、診察中の医師と患者の視線の動き、対話の仕方、手の動きなど「ふるまい」の細部に目を向けることで、プロダクトに求められる本質的な要素を見出していきました。
たとえば、エコーを扱う医師の方々は、患部の状態を診察すると同時に、患者に対し患部の状態を視覚的に説明しながら治療方針を定めていく使い方もされていました。
観察の中で、医師の視線が頻繁に「画面」「手元」「患者の目元」を行き来していることが確認されました。これにより、操作性を向上させるには、この視線の移動をいかに短縮し、医師がより患者との診療に集中できるようにするかが重要であると分かりました。そのため、ハードウェアとソフトウェアの構成の両面から、課題の設定を見直す必要が生じたのです。
こうした医療現場での「観察」は、性能や仕様のスペック表に書かれた数値からだけでは得られない貴重な学びとなります。
私たちはアイデアを形にしていく中で、見た目だけでなく使用環境での動線、患者と医師の関係性がどう変わるのかを確認するためのプロトタイピングを行っています。単にプロトタイプを“物”として見ていただくだけでなく、その製品を通じて何が起こるのかというストーリーを想像してもらえるよう意識しています。
たとえば以下のようなコンセプトビジュアルを作成し、未来のプロダクトが使われる「風景」として私たちが実現しようとしている姿を関係者全員が見える状態にすることで、この「風景」を実現するために何が必要か意見を重ねていく環境を用意しました。
このコンセプトビジュアルでは、従来によくある床に設置して使用する超音波機器のスタイルではなく、デスクの上にコンパクトに設置し、医師が患者と向き合いながらモニターを一緒に確認し、対話を通じて治療を進めていく——そのような当時はまだ少なかった医療現場の風景を提案したいという意図を込めています。
このように、医療現場でのリサーチと、それに基づいたストーリー設計やプロトタイプによる仮説検証を重ねながら、本当に求められる製品とは何かを探っていきました。
その後は、改めて製品コンセプトとして定義し、それを事業として持続可能で量産可能な商品のディテールに落とし込むフェーズへと移ります。
医師が操作するダイアルのクリック感ひとつから、外観の1㎜にも満たない造形のふくらみ、UIボタンの明度やコントラストまで、お客様にとって必要な「体験」の質を高めながら、実現可能な構造に落とし込むために、設計者とデザイナーが密に連携し議論を重ねました。
その象徴的な例の一つが「クレードル」です。クレードルとは、製品の充電を行うための装置です。
「SONIMAGE MX1」は診察室に置かれ、使いたい場所へ「持ち運べる」ことを価値の1つとして想定していましたが、従来の設計を踏襲すると各入出力のコードを個別に接続する必要がありました。しかし、それでは持ち運びのたびにコードの繋ぎ直しの手間が発生してしまいます。
そこで、コード類をすべてまとめたクレードルをつくり、機器はそこに置くだけですべての配線が済む設計にするという方針転換を行いました。
設計としてはかなり負荷が高くなる判断でしたが「お客様にとって本当に必要な体験とは何か?」という観点から実行を決断し、プロジェクトメンバーが実現のために提案を繰り返し製品へと落とし込みました。
クレードルはあくまで一例に過ぎませんが、このような製品をとりまくオプション品についても、顧客の一連の体験をワークフローとして丁寧に紐解き、改善を重ねました。
製品デザインを商品として完成させる工程では、社内での評価試験を何重にも繰り返しました。
これまでにない体験をお届けするためには、評価検証そのものも新しい観点で試験を再設計していく必要があります。社内における厳格な試験をクリアするのはもちろんの事、実際の医療現場に製品を持ち込み、医師・技師とともに連続的な稼働試験を行う必要があります。
この期間、デザイナーは製品の現場評価に立ち会い、お客様に対して自ら説明しながら「本当に、医療の現場で役立つものとなっているか」を確認しました。
具体的には、実際に医療現場で製品を使っていただき、使用感や意図しない不具合の有無、そして現場での実用性について、対話や観察を通じて確認していきます。
その中で、もし製品体験において改善が必要な点が見つかれば、すぐに調整を加え、最終製品として完成度を高めていきました。
このようなプロセスを経て、2018年3月に「SONIMAGE MX1」を発売して以降、多くの医療関係者の方から好評の声をいただいています。
各国においても歴史と名誉あるグッドデザイン賞やiF Design Awardを受賞し、公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)においてはパーマネントコレクション(永久展示品)にも選定頂くなど、外部団体からも高い評価を頂きました。
発売より数年を経過し、医師や技師、そして患者の皆様からも寄せられた多くの声は、社会課題の解決という大きな目的に立ち向かいながらも、私たちが目指した体験がお一人お一人に届いていることを実感する機会であり、インハウスデザイナーであることの喜びを生み出す源泉となっています。
今回は「SONIMAGE MX1」を例に、ハードウェアプロダクトデザインのプロセスを紹介いたしました。
開発過程では、幾度となく医療現場へ足を運び、数多くのプロトタイプを形にし、多くの医療従事者様や患者様のご協力のもと、仮説検証を積み重ねてきました。そうした地道なプロセスを経て、現場で本当に求められるデザインをつくりあげられたと思います。
SONIMAGE MX1に限らず、インハウスデザイナーとして常に念頭に置いているのはUXであり、製品を通じて関わる全ての人の「体験」をデザインするということです。
デザインを通じてどのような「体験」をご提供できるのかを提案し、それを現場にいるお一人お一人の姿を見ながら、少しずつ精緻に磨き上げていく。そのプロセスこそが、プロダクトデザインの醍醐味だと考えています。
今回はハードウェア開発の一例をもとに紹介いたしましたが、このような姿勢はソフトウェアのデザインにも共通するものであり、ハードとソフトがより密接に融け合ういま、私たちデザイナーが挑戦できる領域はこれまで以上に広がっています。
この事例が、医療機器に限らず「かたちある製品によって体験を変える」というデザインの奥深さを伝える一助となれば幸いです。