キュービックCDO(Chief Design Officer)の篠原です。2019年3月にキュービックにジョインして以降、XDC(エクスペリエンスデザインセンター)の立ち上げやCI/VI刷新をはじめとしたコーポレートブランディングなど、デザインの視点を取り入れた経営を推進しています。

最近ではそれらに加えて、新規事業開発にも注力しています。今回は、これまでのチャレンジをもとに私なりの新規事業のつくり方についてまとめてみたいと思います。

新規事業に携わる方、新規事業開発のPO(プロジェクトオーナー)としてチームを引っ張るデザイナーの方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

キュービックにおける事業立ち上げのチャンスは、社内のメンバー全員にあります。部署や役職や雇用形態など、起案者の立場は問いません。事業アイデアが浮かんだ人は、リーンキャンパスや3C分析などを用いて簡単な事業計画をつくり、経営陣に相談する。そんなラフなかたちからはじまるのです。

その後、経営陣や有識者からのフィードフォワードを得ながら、アイデアをブラッシュアップしていきます。こうして、キュービックのコアバリューやミッション、成長戦略を踏まえて「この事業にはキュービックが取り組む意義や価値がある」と判断できたら、チームを組成。R&Dに移っていきます。

まずは経営陣に相談し、条件を満たせ次第すぐに事業化

こうした環境があるなか、XDCというデザイン組織の長である私は「もっと“事業をつくれるデザイナー”を増やしていきたい」と考えていました。そこで、まずは私自身がみんなの見本になれるよう、いくつか事業を立ち上げてみることにしました。

その1つが『モモウメ』です。当初は薬剤師さんに向けた転職支援メディアのいちコンテンツという位置付けでしたが、それをSNSアニメ事業として新たに始動することにしました。

もう1つが『KoeNare(コエナレ)』です。簡単にいうと社内ラジオで、クローズドな音声プラットフォームです。まだ社外に提供するプロダクトとしてのローンチはしていませんが、「強いカルチャーの醸成」という社内の課題を解決するプロダクトとして制作しました。

KoeNare ラジオ番組再生イメージ画面。経営で飛び交う話題をメンバー目線のメッセージで発信する、代表・世一の「世一ラジオ」

事業アイデアが思いついたら、まずは事業の方向性を定めるビジョンをつくります。ビジョンを考える際の観点はいろいろとありますが、私はデザイナーとして「ユーザーにとって理想の体験はどのようなものか」から考えるようにしていました。

これはプロダクトの内容を考える時も同様で、売上といったお金の視点や欲しい機能や必要な要件からではなく、まずは提供価値や体験をもとに中身を考えていきます。ミッションとの整合性、マーケット観点・競合観点でブラッシュアップしていくのは、その後です。

ユーザー体験をもとにした思考プロセス

ユーザー体験をもとに構想を進めることで、ユーザー自身もまだ気づいていない本質的なニーズを掘り起こすことができると考えています。

  • モモウメの場合

モモウメを転職メディアのコンテンツから事業に切り替えた背景の1つに「人々に嫌われない広告をつくりたい」という強い想いがありました。今の時代では、媒体問わず広告はポジティブな印象を持たれづらいと感じています。しかし、本来広告というのは、新しい価値を人々に届けるもの、見た人の生活を豊かにする力を持つ、ポジティブなものであるはずです。

人が広告と触れ合った時の体験をより良いものにしたい。そう思って、事業ビジョンを「嫌われない広告を作って、良い商品を世の中に知ってもらう」と定めました。

モモウメの事業ビジョンとコンテンツビジョン

  •  KoeNareの場合

KoeNareの初期の頃は「さまざまな環境要因や障害があっても、同じ粒度でコミュニケーションができるプラットフォームを作る」というビジョンを掲げていました。音声プラットフォームを作ってみたいという単純な私の興味からはじまったのですが、そこからさらにユーザー体験をもとにして構想を練っていきました。

テキストと音声をシームレスに組み合わせたサービスにして、テキストと音声のうちどちらかしか使えないようなユーザーでも、同じ粒度・温度感でコミュニケーションがとれる世界を目指しました。

ビジョンを定めた後、売上的な観点や技術的な観点など自社の現状を鑑みて、今このビジョンを掲げて追いかけることは難しいということがわかってきました。そこで、再度ビジョンを考えることに。とはいえ、「ユーザー体験をもとに考える」ということには変わりありません。

KoeNareの事業ビジョン

最終的に決まったビジョンは、「コロナ禍において希薄になっているコミュニケーションの段差をなくすために会社にカルチャーを発信し質問をしやすくするツールとしての音声プラットフォーム」。音声を使ってどのような体験を届けたらいいか?という問いに答えていった結果、このビジョンに落ち着きました。

ビジョンを定めた後、もちろん綿密に計画を練ることは重要ですが、それ以上に「カタチにすること」が大切です。

私は、デザイナーの強みは「発想→構造化→具体化」の力であり、それは事業をつくるうえでも存分に活きると思っています。特に新規事業の場合は、誰の頭の中にもないものと向き合っているわけなので、まずは具体化、つまり「カタチにすること」が重要なのです。カタチにすることで初めてユーザーからの反応をもらうことができます。

ビジョンを描いたらそれをさらに具体化し、声を集めて、改善する。そしてまた、声を集め、次のカタチに繋げていく。これの繰り返しで、事業は出来上がっていくように思います。

  • モモウメの場合

モモウメでは、コンテンツに対する共感を生むために、薬剤師以外のさまざまな職業篇をテスト的に作り、実際に配信しました。

ユーザーの反応を観察し、一人ひとりの声に耳を傾けることで方向性を絞っていき、最終的に一番共感を集めたOL篇を残すことにしました。

当時最も再生され、高い共感を集めたのがOL編(キャプチャーは2022/4/20時点での再生回数)

  • KoeNareの場合

KoeNareも同様です。各種分析やカスタマージャーニーマップなどの手法を用いながらまずは課題を整理し、MVPを開発しました。

カスタマージャーニーマップでユーザーへの価値を書き出しながら、どのフェーズでどこまで機能を入れるか整理
ユーザーに必要最小限の価値を提供できるプロダクト(MVP Minimum Viable Product)を開発、実際に使ってもらうことに

MVPを社内に展開し、インタビューを実施。普段の業務ではなかなか聞けない性質の会社情報にアクセスできることは、会社へのエンゲージメント向上につながるという新たな価値を見出すことができました。

社歴や年齢、職種を問わずメンバーにアンケートを実施

新規事業をつくるプロセスは、1人ではなくチームで行います。進め方としては、「一人ひとりに明確な役割を設定して、それぞれが自走する」ではなく、「みんなでワークショップを実施しながら、臨機応変にそれぞれの役割を変えて走る」というかたちにしています。何かを決める必要があれば、チーム全員でディスカッションをしたうえで合意形成し、都度アクションを割り振って次に進めるのです。

POやメンバーが持ち寄ったフレームを使いながら意見を出し合っていく

もちろんゼロからすべてを全員で決めていくことは難しいのでPOが持っている構想をたたき台にはしますが、その上でフラットに全員で議論を行います。このときに守らなくてはいけないのは、「毎回たたき台を越える意思決定」を行うこと。そうでなければ会議は「POのたたき台の情報共有」という場でしかなくなってしまい、わざわざ全員を集める意味がありません。

ユーザーにとってどんなプロダクトであってほしいのか整理
アンケートから現在の課題/魅力/要望を整理し、プロジェクトメンバーで共通認識をとる

ワークショップ型で進めていくことのメリットは、サービスに対するチームメンバー全員の解像度が揃うことです。時間がかかり、一見すると非効率なやり方に見えますが、サービスに対するチームの解像度が揃えば、コミュニケーションの齟齬や手戻りが発生せず、結果的に効率がいいと感じてます。

また、新規事業には、孤独感が伴います。先行きの不透明さから担当者の不安は大きく、ネガティブな気持ちが発生してしまいやすいものです。ワークショップ型で進行することで「みんなでつくる楽しさ」が生まれ、ネガティブ感情を払拭しやすくなるというのも、もう一つのメリットです。

モモウメは順調に成長しており、SNS総フォロワー数93万人超え、YouTubeの累計再生回数は1億回を突破する(2022年4月時点)など、キュービックの主幹事業のひとつへと成長しています。

順調に成長をしているモモウメ事業

グッズ化やドラマ化も叶い、SNSアニメとして多くの方々に愛され、支えられています。「嫌われない広告」という、私たちが初期に描いていたビジョン。まだまだ道半ばで至らぬ点は多いものの、一歩一歩そのビジョンには近づいていると感じます。

一方のKoeNareは、社内で8つの番組が自主的に作られるなど、社内実験は成功に終わりました。今後「リモート時代の社内コミュニケーションツール」として開発を進め、いつの日かこのツールを社外に向けても提供したいと思っています。

社内でいくつも番組が自主的に作られている

『モモウメ』と『Koenare』。この2つの事業が私自身の「違和感」から始まったように、世の中にはまだまだ、事業につながる「違和感」がたくさん埋もれていると思います。デザイナーという職種の方は、その「違和感」に敏感であることが多い。デザイナーは問題を見つけて設計して解くことのプロで、新しい事業を発想し、つくっていくことに向いていると思っています。

XDCに事業をつくれるデザイナーを増やしていくことはもちろん、世の中のデザイナーのみなさんにもどんどん新規事業にチャレンジしていってほしいです。今回の内容が挑戦の花向けになったら私は嬉しく思います。ここまでお読みいただきありがとうございました!

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