GMOペパボでは、「人類のアウトプットを増やす」をミッションに、インターネットを通して表現活動を支援するサービスを複数提供しています。
デザイナーは現在45名在籍しており、各サービスの開発・運営を担う事業部と、横断組織であるデザイン部のいずれかに所属しています。この縦割り×横串の構造により、事業の前線での目線と長期戦略の目線の両面で連携しながらデザインする組織体制をとっています。
このような組織の中でペパボとして一貫性を持ち、デザイン活動の質・量・速の向上のために行っているのがデザイン組織内での共通言語づくりです。
デザイン組織の体制には「これが正解」というような定型はなく、なにかを真似ればうまくいくものでもありません。特にペパボでは、複数の異なる事業領域でそれぞれに個別のブランドを持ったサービスを展開しているため、事業部ごとに最適な体制も異なります。
そこで、ペパボでは、既存の体制や組織構造を変更するというような大掛かりな取り組みではなく、現場の困りごとや迷いをもとに判断基準となる原則をつくり、共通言語として浸透させることから始めました。これにより、意思決定のためのコミュニケーションの質と密度が向上し、結果として事業成長につながる価値を発揮しやすくなっています。
2017年当時、ペパボには40名ほどのデザイナーが在籍しており、大部分が事業部に所属してそこでの課題やミッションにフォーカスして取り組んでいました。しかし一方で横断的なコミュニケーションはなかなか取れず、お互いの専門性や強みを知る機会も少なく、どんな取り組みやノウハウがあるのかということも共有できていませんでした。
また仕事の仕方としてもマネージャーやディレクターからの依頼ベースでなかなか主体性を持てずにいました。当然、会社としてどのようにデザインに取り組んでいくのか、どのように事業成長や経営に活かしていくのかといった長期的なビジョンや計画も持てていませんでした。
そのような課題を発展的に解消すべく、デザイン部の前身となるデザイン戦略チームが2017年に発足しました。まずはCTO直轄の組織として職位等級の高いデザイナー2名の小さな体制からスタート。そこでペパボとして初めてデザイン組織成長のロードマップが描かれ、育成の方針やツールの整備について考え始めることができました。
こうして体制が発足していくつかの取り組みも走り始めましたが、実感できる大きな変化をすぐには生み出せませんでした。
このときはまだデザイナー自身が自分たちの成果がどのような効用や価値を生むのか、ということの言語化やその活用をうまく提案できておらず、また会社側としてもデザインの活用やデザイナーの育成を行うべきだという意識はあったものの、具体的に何を期待して何を得られるのかがクリアではありませんでした。
2019年に現CDOの小久保が入社しますが、当時の彼がペパボのデザイナーの状況を見てまず感じたのが、デザイナー個々の力や思いは素晴らしいのに、それを組織的に活用できていない、ということでした。
そこで取り組んだのが、現場の困りごとや迷いをもとに、デザイナーの仕事の構造と、デザインにおける意思決定のための原則を言語化することでした。組織として有機的に機能するには、自分たちの共通言語を持って考えを共有し、コミュニケーションの質を高めることが重要だと考えたからです。
ペパボでこのような原則を言語化するときには次のようなことを意識しています。
先にも述べたように、ペパボの組織構成は事業部制が基本となっており、デザイナーの大部分はそこに所属して事業成長にコミットすることが求められています。当然、各事業においては課題や状況もさまざまで、常にどこでも機能するような1つの原則をつくることは困難です。
そこでペパボ全体での原則はある程度抽象的なものに留め、その具体的な解釈やそれぞれの状況への適応は事業部ごとにやっていいよ、ということにして、上書きや拡張ができるようなものにすることを意識しています。
一般的にガイドラインや原則を作って活用しようとするとき、「厳密すぎる・広範すぎるため、浸透しない」「一度つくったら更新されない」というようなことが問題になることがあるかと思います。これが起こってしまう原因のひとつに、高い理想を見すぎて現実的な問題に役立ちにくい、ということがあります。もちろん状況によってはそれが適したケースもあると思いますが、当時のペパボの状況においては、実際に現場の判断に役に立つ、ということを重視しました。
これと前述した「ある程度抽象的なものに留める」こととのバランスをとることは簡単ではありませんし、デザイナー全員がそれを読んで即座に理解できるものにはならないかもしれません。しかし、実際にこのような原則を用いるシーンは各事業部でのデザインレビューなどの場であり、その際にはシニアデザイナーが適切に解釈してくれることを意図しています。
現場で役立つものにするためには、当然現場を知る必要があります。原則をつくるためだけではありませんが、小久保が入社してすぐにデザイナー全員と面談を行ったり、各事業部のデザイナーとデザイン戦略チームとの定例会議をセッティングして状況を把握するようにしたことも、この原則づくりに寄与しました。
1つ目の原則として、ペパボにおけるデザインする対象とそれらの構造を定めた「ペパボデザインスキーム」という図をつくりました。
ペパボデザインスキームは、先に述べたようにデザイナー自身が自分たちの成果がどのような効用や価値を生むのかを構造的に言語化できていないという課題を解決するためにつくられました。
この中で「ペパボのデザイナーがデザインする対象」「デザインを誰に届けるのか」「届いた結果何が起こるのか」まで整理して、以下のような変化を狙いました。
自分たちのデザインの価値に、納得感を持って働けるようになる
デザイナーとして事業に貢献する提案を自分からできるようになる
ペパボが扱う様々なサービスにに適用できるように、個別具体の事象ではなくこのような粒度で一般化してまとめられています。
2つ目の原則としてつくったのは、ペパボのデザイナーに必要な専門領域・スキルを、項目として可視化した「スキルエリアシステム」です。
以前のペパボでは、オールラウンダーに何でもできるデザイナーが求められており、高い専門性が評価されにくい状態でした。ただ、ペパボデザインスキームでも示したように、ペパボのデザイナーがデザインする対象は広く、これを実現するための多くの専門性を1人で満たすことは現実的ではありません。
そこで、スキルエリアシステムでは、 エキスパートスキルエリアとして「コミュニケーションデザイン」「ビジュアルデザイン」「情報アーキテクチャ」「UIデザイン」「UXエンジニアリング」「リサーチ」の6つの領域を定義し、それぞれの高い専門性を組み合わせて組織として活用していくことを促しています。
これらは厳密で排他的な分類ではなく、タグやラベルのような概念で捉えており、個人の関心や会社のニーズをすり合わせた成長を目指して活用しています。
現在の運用としては、半年に一度自身が持っている強みと関心を振り返ってスキルエリアを選択してもらい、該当するSlackチャンネルに加入してもらうことで、個々人の意思に沿って柔軟にスキルを伸ばしてもらっています。
3つ目の原則は、ペパボのデザインのベースとなる「ペパボのデザインプリンシプル」です。
以前はデザイナーの横の連携がなかったことにより、同じようなトピックで何度も議論をしていたり、意思決定に時間がかかっていた、という課題が発生していました。
例えば、以下のような問題がありました。
プロダクトのユーザーオンボーディングのメッセージで、どこまで説明すれば良いか迷ってしまう
誰にどんな価値を届けるのかが曖昧で、短期的なビジネスゴールに寄り過ぎた意思決定をしてしまう
ペルソナの活用方法が定まっておらず、何度も作り直してしまったり参照されなくなったりしてしまう
コミュニケーションにおいて機能やスペックや価格などばかり訴求してしまう
もっと早い段階で適切な判断が行え、このような問題が起こりにくい組織にしていくことが長期的には重要です。原則1のペパボデザインスキームはそのために有効なツールですが、もう少し直接的にこれら現場の問題解決に役立つツールとして、ペパボデザインプリンシプルがあります。
デザインプリンシプルの策定にあたっては、「実際に役に立つもの」であることを心がけました。すでに当たり前になっていることを書く意味がありませんし、また高尚すぎて理解や応用ができなかったりしても意味がありません。実際に現場で困っていることや迷っていることにこそ指針を示す意味があります。
またペパボデザインプリンシプルは10項目からなりますが、ファンダメンタル、プロダクト、コミュニケーションと分類されており、ペパボデザインスキームの構造と連動していることも特徴のひとつです。
原則がデザイナーに認知され、共通言語として日々使われるように、デザイン組織全体として浸透させるための仕組みづくりも行っています。
ペパボでは半年に一度、デザイナーが全員集う共有会として「Designer All Hands」を開催しています。
Designer All Handsは2部構成に分かれており、前半では各事業部の取り組みや全体方針の共有、後半では「デザイナーほめほめタイム」と称して、事業部ごとの取り組みでペパボのデザインプリンシプルを体現したデザイナーを紹介しています。
Designer All Handsによって、デザイナー全員が共通言語を持ったうえで組織の全体方針を理解し取り組みやすくなったり、またデザイナーがそれぞれの取り組みや強みを相互に知り合うことで、部署の垣根を超えてコラボレーションしやすい状況が作れています。
ペパボではデザイナーの中途採用が多いため、事業部によらない共通部分を抜き出した「中途デザイナー向け共通オンボーディング」のプログラムを設計・実施しています。
つくった原則をオンボーディングのプログラムに組み込むことで、ペパボに入社したデザイナーが漏れなく全員原則に触れて理解する機会をつくっています。
全社的なデザインへの取り組みの方向性を揃え、既存のナレッジやリソースの有効活用、また将来に向けての投資の最適化など、CDOの考える方針を事業部での活動と合わせていけるように各事業部にデザインリードというポジションを設置しました。
ペパボのような規模や組織体制だとCDOが各事業部のさまざまな意思決定やレビューにすべて直接関わっていくということは難しく、そのため定めた戦略の推進がなかなか進みにくいということもありました。デザインリードを置いたことで、全体のデザイン戦略であったり各種施策の意義や目的を事業部目線とすり合わせて理解してもらいやすくなりました。
「デザイン組織」というとデザイナーが集まった組織のような印象があるかと思いますが、前述のような取り組みを推進していくためには「いわゆるデザイナー」としての能力だけではないスキルや働きが必要になってきます。ペパボではこのための専門のポジションとして2019年からデザイン部(当時はデザイングループ)にデザインプログラムマネージャーを置いています。
例えば社内勉強会ひとつ開催するにしても、その事前準備や会場押さえ、当日のファシリテーションや効果測定のためのアンケートの実行などが必要になります。また採用に関してもデザイナーの活動を外部に伝えるための広報活動や外部イベントへの登壇・スポンサーの交渉、それらをスムーズに行うための日頃のネットワークづくりなども必要になります。その他社内のデザイン関連のドキュメントの整備やツールの導入・浸透などさまざまな仕事を担っています。
デザインプログラムマネージャーの仕事についてはペパボのHRブログの記事にも詳しいのでぜひご覧ください。
今では各種の原則がデザイン組織全体の共通言語として機能するようになったことで、組織全体で各事業部の活動に一貫性が生まれ、デザイナー全体の連携を生むことができています。
デザイナー採用では、スキルエリアシステムを反映したジョブディスクリプションが書かれるようになり、各事業部でそれぞれ必要なスキルを意識した採用計画が立てられています。
また、原則をつくる際には「上書きや拡張ができるように」意識していると述べましたが、事業部ごとにより具体的な課題や状況への適応が必要な場合は、実際にこれが行われています。
例えばEC事業部では、ペパボのデザインプリンシプルをもとにしつつ、カラーミーショップのブランドビジョンを達成するための独自のデザインプリンシプルを作成しています。
ペパボでは隔月で社内デザイナー勉強会「Designer’s MTG(通称 デザミ)」を開催しているのですが、ここでもスキルエリアシステムが活用されています。
デザミでは、エキスパートスキルごとのナレッジシェアを各スキルエリア持ち回りで順番に回しており、各エリアごとの最新トピックや押さえておきたい基礎などを共有しています。ナレッジシェアをする側と受ける側、それぞれインプットとアウトプットを繰り返しながら、継続的に知識の獲得とスキルの向上を目指す成長支援の機会となっています。
また勉強会以外でもNotionを活用して各スキルエリアごとにノウハウが蓄積・共有されたり、それぞれのSlackチャンネルで活発に相談や情報交換が行われたりと、スキルエリアシステムが共通言語として浸透したことで部署の垣根を越えたナレッジストックが円滑に行えるようになりました。
ペパボでは2017年あたりにエンジニア組織の後を追う形でデザイン組織の強化という課題が設定され、これに取り組むためにデザイン戦略チームが設立されました。2020年には小久保がCDOに就任しデザイン部が組成され、会社としてデザインに力を入れていくという方針がより明確になりました。
冒頭にも述べましたが、デザイン組織のあり方にただひとつの正解というものはありません。その時々の課題、得られるリソース、周囲の状況などによってどのようなあり方がふさわしいのか見出すのは難しいことです。強いて言えば、そのような不確実性の高い状況の中でどのようにゴールを見つけ出すか、というところから組織としてのデザインは始まっているのかもしれません。
組織というものはある程度の多様性を持ち、適切な新陳代謝が行われつつも、あたかも一体の生物であるかのようにスムーズに振る舞えるのがひとつの理想形だと思います。そのためには、高速で密度の高い情報伝達が行える神経網が必要です。組織の中に共通言語を持つということは、コミュニケーションにおける情報量を圧縮し、ノイズを抑え、結果として判断のための材料を豊富に持てるということを意味します。最初から明確にそのような状態を描いていたわけではありませんが、振り返ってみると結果的にそのような取り組みが多く、また効果があったという実感を持っています。
ペパボにおけるこういった取り組みやその内容は、どこかのベストプラクティスを輸入したわけではありませんでした。実際に自分たちに起きている問題や困りごとを解決したい、なりたい姿とのギャップを解消したい、という思いでやり方を探していき、ある程度形になってみたら「これって一般的に言う〇〇だったね」となることが多かったというのが実際のところです。回り道かもしれませんが、自分たちで一度考え納得感を持って取り組んでいるというのもまた組織を強くするために役立ったのかもしれません。
いずれにせよデザイン組織は手段であり目的ではありません。ペパボでは「もっとおもしろくできる」という理念、「人類のアウトプットを増やす」というミッションの実現のため、遊びと余白を大事にしたデザインを行っていきます。