東北6県に約400店舗のドラッグストアを展開する薬王堂で、初めての自社開発アプリ「ヤクオーダー」をベータ版として公開しました。
「ヤクオーダー」は、現在店舗を絞った限定公開としていますが、順次提供店舗を拡大していく想定で運営しています。
僕は、good Inc.からデザインイノベーターの役割でプロジェクトに参画し、この新規プロダクト立ち上げを、薬王堂の副社長とともに推し進めてきました。現在ではチームは10名規模にまで拡大しており、事業推進から組織推進までの一連の流れを支援しています。
プロジェクトの背景から、全体的な推進の流れをまとめていきます。
good Inc.は、従来のクリエイティブ職やコンサルタントの枠を超え、戦略と創造の両面から企業の成長を支える新たなプロフェッショナル「デザインイノベーター」という新職種を抱える、デザインイノベーターカンパニーです。
事業構想から成長・最適化までを経験しているデザインイノベーターが、それぞれのフェーズに応じて戦略を立案し、自ら実行まで担うことで、事業の創造や成長に貢献します。
good Inc.の特徴は、事業創造から事業拡大をプロジェクトワークとして行いつつ、自社事業の創造も行っていることです。
デザインの案件推進ができるだけでなく、自分たち自身も事業をつくっているからこそ、経営者・事業責任者的な視点を持って「事業」を主語に会話しつつ、泥臭く現場にも入り込んでいける変革者としての役割を担うことができます。
過去には、みずほ銀行のUXUIデザインチームの立ち上げから拡大まで一貫して支援してきた事例を公開しました。
https://cocoda.design/taichi0423/p/p7735c02d09bbhttps://cocoda.design/taichi0423/p/p7735c02d09bb
そんな「デザインイノベーターカンパニー」であるgood Inc. が今回取り組んだのは、東北を代表するドラッグストア薬王堂の新規事業立ち上げです。
今回の「ヤクオーダー」のプロジェクトは、薬王堂からの依頼から始まりました。
薬王堂は、東北全体にドラッグストアを展開する会社です。1978年の創業以来、お客さまに真摯に向き合い、小さなことでも疎かにせず、「当たり前」を丁寧に、他では真似のできない水準で積み重ねてきました。
2014年には東証一部上場(現:東証プライム市場)を果たしましたが、上場前後を知る社員からは「現場でお客さまに向き合う姿勢は特に変わりません」と答えが返るほど、変わらぬ姿勢を貫いています。
薬王堂では少し前から、他社プラットフォームを活用してアプリ提供を行っていました。
ただ、他社プラットフォームを通した開発であったこともあり、薬王堂を利用するお客さまの個別のニーズに応え切れていないという課題感を持っていました。
自社で開発体制を持っていないこともあり、細かな要望をいただいても、それをアプリに反映することができないもどかしさを感じていた薬王堂の副社長が「素早い改善を通して、東北市民に最適な体験を提供するために自社開発に踏み切りたい」と考えたのがプロジェクトの始まりです。
とはいえ、社内にはエンジニアもデザイナーもおらず、アプリ開発経験のある社員も不在でした。この状況を変えるために、副社長が肝入りでプロジェクトにコミットすることを決めます。
すなわちこのプロジェクトは、公式アプリを単にリリースすることがゴールでなく、自社で継続的なプロダクト改善ができる組織を構築するところまでを見据えたプロジェクトでした。
このようなプロジェクトの狙いが整理されたタイミングで、最初のデザイナー、エンジニアを外部から引き込むことが決められます。
そして、good Inc.からデザインイノベーターである僕と、元GO TechnologiesのCTOだった岩田さんがエンジニア顧問として加入し、薬王堂の副社長、社員と合わせて4人体制でプロジェクトがスタートしました。
このように始まった「ヤクオーダー」の開発ですが、約1年の期間を経て無事先日リリースに至ることができました。
1年にわたるプロジェクトは以下のように進められています。
アプリ開発だけでなく、後半では安定した運用が行えるような組織構築にも取り組んだ
僕がこのプロジェクトで、デザインイノベーターとして大事にしていたポイントは以下の2点です。
東北市民の生活に馴染むプロダクトにするために...
1. 運用可能な体制をつくる
2. 社内で新しいアイデアが生まれる文化をつくる
東北市民の生活に馴染むように、アプリ内の体験を丁寧に磨き続けるために、これまで自社開発をしたことがない薬王堂という会社で、プロダクト開発を安定して進められるような組織を構築していくこと。さらに、社内で新しいアイデアが生まれる文化までをつくっていくこと。
デザイナーという枠にとどまらず、この事業課題の解決に向けて役割は柔軟に調整しながら動いていきました。
ここからは具体的なプロジェクトの流れとともに、僕が取り組んだことをまとめていきます。
まずは、現在薬王堂の店舗を利用している方が、公式アプリに何を求めているのかを調査することから始めていきます。
薬王堂の副社長や社員と一緒に、過去の公式アプリも含め、店舗に寄せられている要望を事細かに調査していきました。
ここで、薬王堂は「医薬品を販売する薬局」としての側面だけでなく「日々の生活に必要な物品や飲食物などを提供する場所」としてお客さまから考えられていることが分かりました。
この捉え方を踏まえると、アプリで行わないといけないことも絞られてきます。
例えば、「スーパーのように、毎日行く習慣ができている」「食材を見ながら夕飯を考えたいので、アプリだけで全部注文したいわけではない」など、アプリだけで購買が完結できることが必ずしも求められてはいないことも分かってきました。
この調査を経て、MVPとして最初にリリースする範囲には「配送機能 (アプリで注文して、家に届けてくれる)」は不要だろうと判断をしています。もちろん、状況に応じてこの機能が必要な人もいると思いますが、多くのお客さまは、実際に店舗に足を運ぶことをむしろ肯定的に捉えている方が多いと考えました。
結論として、初期のアプリで提供する体験としては「注文・受け取り機能」に絞ることを意思決定しました。
アプリ上で注文をしておくと、店舗でスムーズに受け取りができるような機能です。これは、店舗に足を運ぶことが習慣化している薬王堂のお客さまにも受け入れられる体験になるのではないかと考えています。
「注文・受け取り機能」を初期のスコープにすることを決めた後は、テストによって体験の磨き込みを行いました。
この機能が成立するためには「アプリで予約して、店舗でスムーズに受け渡す」というオペレーションが構築できることが前提となります。つまり、店舗側のスタッフが、アプリによる新しいオペレーションに対応できるかどうかが鍵となっていました。
この論点を解決するために、僕たちは「注文・受け取り機能」のプロトタイプを用意して、実店舗でのテストを行いました。
プロトタイプは、お客さま側の画面と、店舗側で確認する管理者用の画面の2つを用意。静的な画面ではなく、実際に触りながら双方のコミュニケーションを行えるような動的なプロトタイプを作成しています。
ユーザーストーリーに合わせて複数の動的なプロトタイプを用意。お客さま側と、店舗側の両方の画面を触りながらテストを行った
プロジェクトメンバー全員 (もちろん薬王堂の副社長も!) で店舗に足を運び、実際に店舗で働く社員やパートの方と、アプリのプロトタイプを触りながら、受け渡しの体験のシュミレーションを行いました。
この調査の結果、基本的な体験の想定は間違っておらず、オペレーション的にも対応できそうなことが分かったので、プロトタイプをより精緻なデザインデータへと変換していきます。
また、この辺りで、リリースに向けて、プロダクトの名前やロゴの構築もリードしています。東北市民の生活に馴染む体験をベースとして、どのような意図を込めるべきかをプロジェクトメンバー全員でディスカッションしました。
ロゴについても僕がたたき台を用意し、プロジェクトメンバーとディスカッションしながら意思決定しています。
自社開発経験が少ないタイミングでは、このようなプロジェクトメンバー全員でリリースに向けて詰めていく経験も非常に価値あるものになるはずです。
MVPのデザインデータや、リリースに向けたクリエイティブの整備が落ち着いてきて、実装に入っていくタイミングで、デザインイノベーターである僕としては、MVP以降の開発計画もうまく進められるような組織構築に入り込んでいきました。
まず整理したのが、開発ワークフローです。
今回は、会社としても初めての開発組織であったため、単に開発オペレーションが回せるだけでなく、「どのような思想で運営されている組織なのか」を明確にしていくことを意識しました。
そのため、まずは薬王堂の副社長に「組織の価値観」をヒアリングし、それを「戦略」や「ワークフロー」に落とし込んでいくようなアプローチを試みています。
副社長のこだわりをヒアリングしていくと、組織の価値観として「トップダウンではなく、現場主導で企画が生まれていくような状態」を理想としていることが分かりました。
そのため「どうすれば現場が企画発案・推進をうまく行えるようになるか?」という視点で、組織運営の方針やワークフローを構築していきます。
まず、組織としては、戦略レイヤーと企画レイヤーに責任範囲を分けることとしました。
事業の方向性や、売上などの遅行指標、今は何にフォーカスすべきか?という注力範囲の設定までは、基本的に戦略レイヤーで行っておくようにします。
例えば、以下のように、戦略レイヤー側で事業全体の指標を定義し、現在はこのメトリクスの中でどこに注力するべきかも明確にしています。
こうすることで、現場である企画レイヤーでは「今注力すべき指標を高められる企画」をとにかく動かすことに集中することができます。
戦略レイヤーで注力すべき範囲は明示し、そこに対して指標を高める責任は企画レイヤーが持ちます。このような責任範囲の分け方を、開発ワークフローに落とし込み、運用を開始しました。
今はこのフローを回し始めた段階ですが、意図通り、現場発で企画がどんどん持ち込まれるようになっています。
ちなみに、このワークフローはあくまで理想のワークフローであり、定義した当初は組織に責任を追える人がいない場合もあります。今回も、データ分析や、PRマーケなどを管掌できる人が最初はいない状態だったので、僕が先んじてこの辺りのワークフローの検証を行っていました。
ここでも、デザイナーという範疇にとどまらず、事業に必要な役割を推進する目線で動くことを意識しています。現在は、ある程度データ分析やPRマーケ周りの運用手法が見えてきたので、僕から管掌を移すことができています。
こうして、2025年6月に薬王堂として初めての自社開発アプリである「ヤクオーダー」がリリースできました。
「ヤクオーダー」は、現在店舗を絞った限定公開としていますが、順次提供店舗を拡大していく想定で運営しています。
また、もう一つの課題であった、開発組織の構築についてもうまく進捗が生まれています。薬王堂では、「東北採用」にこだわって、東北にゆかりのある方に採用対象を絞っているのですが、現在開発組織には10名のメンバーが社員として加入してくれています。
1年間で開発メンバー0人だったところから、10名にまで組織が拡大し、安定して企画推進をしていけるワークフローも構築できているのは、大きな進歩ではないかと思います。
僕たちは、「ヤクオーダー」というアプリはあくまで媒介的なものだと考えています。これまでも、薬王堂では、店舗でのお客さまとの交流を重視していました。現場のお客さまとの接点から、要望をいただいたり、お客さまとのつながりが生まれていきます。
このアプリは、これまでの店舗での接点を、さらに広げるものだと考えています。多くのお客さまとヤクオーダーを通じて繋がり、これまで応えられていなかった要望にお応えし、他にはない新しい体験を提供することでさらにファンが増えていく。
このように、東北市民にさらに寄り添った経営を、ヤクオーダー、自社開発組織によってこれから行えることを楽しみにしています。
今回のヤクオーダーの公開と、組織構築の裏側について、プロジェクトオーナーである薬王堂の副社長の目線でも語っていただいたインタビューも公開しました。こちらもぜひ合わせてご覧ください。
また、薬王堂ではDX戦略部として、この組織にジョインしていただける方を募集しています。こちらもぜひ興味のある方はご覧ください。
good Inc.による薬王堂での新規プロダクト立ち上げ支援の裏側をまとめてみました。
今回に限らず、常に僕たちが意識しているのは「新しい取り組みを早く形にしていくために、役割にこだわらず推進する」ということです。
新規事業に検証が必要なことは自明です。ただ、そうだとしても、際限なく投資することが許されるわけではありません。新規事業にもバーンレートがあるはずですし、ゆっくり進めているとポシャってしまう場合もあります。
だからこそ、デザインイノベーターのような、役割を飛び越えて、課題を解決していける強い推進者が必要となると考えています。
このような、不確実な中で強く推進していける人は、そうそう市場にいません。社内にいない場合もあるでしょう。だからこそ、僕たちのような “デザインイノベーターカンパニー” がまず外部から入り込み、思い切り新規事業を推進することから始めるのは一つの有効な選択肢だと考えています。
そうすることで、検証が進み、不確実性が減っていきます。不確実性が減ると、採用の難易度も下がっていき新たなポジションに人を入れていくことができるようになります。
このように、社内のデザインの活用方法を開拓するのがデザインイノベーターだと思います。同時に、この役割を担うためにデザインイノベーターは、無数のパターンを扱えるケイパビリティを持つ必要があります。
ありがたいことにたくさんのプロジェクトの引き合いをいただいていますが、今後もデザインイノベーターカンパニーとして、多くのプロジェクトの推進をしていきたいので、ぜひ関心のある方はお問い合わせください。
一緒にデザインイノベーターとしてプロジェクトに参画したい方も、ぜひご連絡いただけると嬉しいです。
