セキュリティ関連の事業を運営するGMOサイバーセキュリティ byイエラエ (以下、GMOイエラエ)で、ブランドマネジメント室の室長をつとめている、大倉です。
GMOイエラエは、2022年1月に前身の株式会社イエラエセキュリティを含むココン株式会社のグループの複数社が合併した後、同年4月にGMOインターネットグループへジョインすると共に「GMOサイバーセキュリティ byイエラエ」へ社名を変更しました。現在パートナー(社員) は全体で300名以上が在籍しています。
私は、GMOインターネットグループに新しく「サイバーセキュリティ事業」という柱を打ち立てていくべく、全社を巻き込んだブランド構築・浸透に取り組んできました。
今回は、約2年間のGMOイエラエでのブランド構築の裏側について、等身大にまとめていきたいと思います。
GMOイエラエは「世界一のホワイトハッカーの技術力を身近に」というビジョンを掲げる、サイバー攻撃対策事業を展開する会社です。
ブランド構築に取り組んだ一つの背景には、「GMOがこれまで取り組んでいないサイバーセキュリティという事業領域でNo.1を取る」という事業的な背景があります。
これまで、GMOインターネットグループでは、インターネットインフラ事業に加え、暗号化などのセキュリティ事業は強みとして持っていましたが、サイバーセキュリティに特化した事業はまだありませんでした。2020年ごろから、インターネットの普及が後半期に入ってきたことで、世の中全体でサービスの増加だけでなく「すべての人が安心してインターネットを利用するためのセキュリティ構築」という課題がより強まってきます。
その時代背景を踏まえて、GMOインターネットグループでは、GMOサイバーセキュリティ byイエラエや、GMO Flatt Securityなど、サイバーセキュリティに特化した会社をグループに迎えてきました。
一方で、これまでサイバーセキュリティに取り組んでいない、いわば後発のGMOがサイバーセキュリティ領域でNo.1になるためには、高速で認知をつくり上げる必要があります。「GMOといえば、セキュリティ」という強い想起を得ていくことが、GMOイエラエという枠を超えて求められていました。
ブランドが必要とされていたもう一つの文脈は、組織の課題解決です。前述の通り、GMOイエラエは、母体であったイエラエセキュリティ以外にも、複数の会社が合併してできた会社です。
なのでGMOイエラエが設立された時点で、経営陣も含め、中長期的なビジョンやカルチャーは全社では共有されていないところから始まっています。
当時から200名前後のメンバーが在籍していましたが、全社としての指針が不在な中で、退職してしまう方もいる状況でした。
クリエイティブ組織でも同じように辞めてしまう方が生まれてしまっていた状況を見て、アートディレクターであった私としてしても「自分が何とかしないといけない」と思い立ち、GMOイエラエ社長の牧田と会話を重ね、組織における指針をつくるためにブランドマネジメント室を立ち上げました。
このような環境下で、僕がデザインの側面から最も解決すべきだと捉えた課題は、GMOというグループ全体に「サイバーセキュリティ」というイメージがないことでした。
ブランドマネジメント室を立ち上げた時点で、もちろん他にも多くの課題がありました。プロダクト開発、細かなマーケティング施策のデザイン、など、具体的なデザインタスクは無数に発生します。
ただ、このタイミングで根本的なブランド認知という課題を解決しなければ、お客さまはもちろん、社内のメンバーもGMOイエラエの未来を信じることができなくなります。そこで、僕の大半のリソースをブランドマネジメントに投資してきました。
ブランドマネジメント室立ち上げ後のブランド構築の進め方は以下のような流れとなっています。
1. ブランドマネジメント戦略設計
2. コーポレートアイデンティティ構築
3. アイデンティティ浸透と、ブランドコアのたたきとしてのカルチャーデック設計
4. ブランドデザインガイドライン構築
5. タッチポイントへの反映
ここからは特に最初の1年間で進めてきた、「1. ブランドマネジメント戦略設計」「2. コーポレートアイデンティティ構築」「3. アイデンティティ浸透と、ブランドコアのたたきとしてのカルチャーデック設計」の3つのプロセスについて詳細に振り返っていきます。
(現在も4, 5の部分は進行中で、こちらも取り組みがまとまってきたタイミングで続編として公開したいなと思っています。)
まずは、ブランドマネジメント室としてどのように動いていくか、戦略を立てるところから始めました。
私自身、ブランド戦略を進めるのは今回が初めてでした。ただ、幸いなことに社内にブランドコンサルタントがいたので、その方と一緒に「プロジェクトはどんなステップで進めるべきか」や「理想的な体制ってどんなものか」といったことを考えていきました。
プロジェクト全体は、大きく3つのフェーズに分けて進めることにしました。
まずは「ブランド戦略の策定」フェーズです。ここでは、コーポレートアイデンティティやブランドのコアとなる考え方を言語化していきます。次に「ブランド戦略の実行」として、さまざまなタッチポイントにブランドコアを浸透させていきます。そして最後に「ブランドマネジメント」として、運用しながら改善を重ねていく、という流れです。
(蓋を開けてみると、約1年をかけてフェーズ1を終えて、ようやくフェーズ2に入れているような状態なので、大幅に計画から遅れてはいます。思ったよりもやはり強固なブランド構築を経営を巻き込みながら進めていくというのは時間がかかることなのだと思いますね...。)
その後、まずこの取り組み自体を進めることについて、社内の合意を得るところから着手しました。
もともと、GMOイエラエの社長である牧田からは「どんどんやってほしい」と言われていましたし、ブランド戦略の必要性についても、役員全員が理解していたと認識しています。ただし、「ブランディング」に対する期待は人によって異なっており、社内で足並みが揃っているとは言い切れない状況でした。
このタイミングで、理想的な体制を整えることができなければ、数年単位で取り組むブランド戦略の推進は難しくなると考え、まずは「ブランディングとはそもそもどのような取り組みなのか」「どういった体制が望ましいのか」といった基本的な部分から、関係者との対話を始めることにしました。
たとえば、「コーポレートブランディングの統括を誰が担うのか」という問いに対して、特に議論がなければ「マーケティング責任者が適任ではないか」という意見が出てくることは珍しくありません。しかし、この段階でブランド戦略がマーケティング部門の傘下に入ってしまうと、期待される成果が短期的なものに偏り、本来のブランド戦略としての効果を発揮しづらくなる可能性があります。また、取り組みそのものに対する期待値が関係者の間でズレてしまう懸念もあります。
このように、「ブランド戦略に対する誤った期待値」が生まれることを未然に防ぐためにも、プロジェクト初期にしっかりと合意形成を行うことが重要だと考えています。
こうした議論を進める中で、組織体制においても「CEO直下」にブランドマネジメント室を配置することを提案しました。
「COOの配下に置くのでもなく、またマーケティング部の一部門として設けるのでもなく、CEO直轄の新たな組織として新設する必要がある」と明確に伝えた上で、その考え方に対して合意を得ることができました。
このような丁寧なコミュニケーションを通してブランドマネジメントの必要性や、トップからブランドマネジメントを効かせていけるような体制、進め方の座組みについて経営とも合意がつくられたので、その後のステップとして「コーポレートアイデンティティ構築」へと進んでいきます。
GMOイエラエでは、前述の通り、事業的にも強固なポジショニングを構築し、組織的にも指針となるような思想が必要とされている状況に置かれていました。
そのため、このようなブランドマネジメント的なアクションとしては最上流となる「コーポレートアイデンティティの構築」から取り組み始めます。すでにビジョンやミッション、バリューなどは言葉としては置かれていましたが、それを根本から見直していくようなアプローチを取りました。
結果としては、以下のような「パーパス」「ビジョン」「バリュー」「カルチャー」が全社レベルで納得感を持って意思決定されています。
コーポレートアイデンティティの構築のステップは、以下のような流れで進めています。
・ステークホルダーインタビューをもとにした、課題の抽出
・競合プロダクト調査を踏まえた事業ポジショニングの整理
・現状のビジョン・ミッション・バリューの再言語化
まずは、社内にあるコアな思想を取りまとめていくために、代表や役員に対して、ステークホルダーインタビューを実施しました。
このステークホルダーインタビューを通して、現状の企業理念 (≒ コーポレートアイデンティティ) のまとめ方に対して課題がどこにあるのかを整理し、役員陣に共有しながら、ディスカッションをしていきました。
(これ以外のすべてのステップも基本的に同じ進め方で、僕とブランドコンサルタントがたたきとして言語やビジュアルをまとめて持ち込み、役員陣と対話しながら意見をまとめていくようなファシリテートを繰り返しています。)
結論としては、理念についてはすでにある言葉と方向性は変えなくても良さそうで、ただより具体的で意図が伝わりやすいものへと置き換えていくことが必要だと考えて、コミュニケーションを重ねていきました。
理念以外にも、「INNER (企業文化づくり)」「SALES/BUSINESS (事業づくり)」「RECRUTING (人・組織づくり)」という3つの観点で
変わらないこと
課題
あるべき姿
の3項目をそれぞれ洗い出して共有しつつ、課題や理想に対しての共通認識をつくっていきました。
社内の課題や理想は分かってきたので、ここから競合プロダクト調査を行いつつ、GMOイエラエが今後取っていくべき事業ポジショニングについて整理していくことに取り組みます。
このようなステップが必要なのは、単に見せ方だけ考えれば良いフェーズではなく、GMOイエラエにおけるブランド戦略構築が「GMOと言えば、セキュリティ」と言い切れるような状態にしていくことを目指した、事業文脈上においても重要な戦略であることも影響しています。
まずは、国内外問わず、競合領域に位置しているプロダクトのコーポレートサイトや採用サイトをすべて洗い出し、一つひとつ細かく調査をかけていきました。
調査項目
ミッション・ビジョン・バリュー・スローガン
会社としての出自、資本金、事業内容
セキュリティ事業としての対応サービス一覧 (有 or 無)
コーポレートサイトのクオリティを主観で3項目から点数付け
採用サイトのクオリティを主観で3項目から点数付け
さらに、それぞれの企業の「ミッション」「ビジョン」「バリュー」で使われているキーワードも調査。頻度高く使用される傾向のあるキーワードを把握します。
(この後のステップでコーポレートアイデンティティを言語化する際に、踏襲した方が良い項目もあれば、逆に差別化していくために意識的に外していく項目も出てくると思います。あくまでここでは客観的な事実として、共通項を抽出して把握しているようなイメージです。俯瞰することで、意図を持って選べるようになるはずなので。)
さらに、事業内容についても分析をかけていきます。
GMOイエラエは「高い技術力」と「低い価格」の両軸でトップを取ることを目指していることが、ステークホルダーインタビューでも (もちろん僕の所感としても) 明らかになっていたので、この両軸で各競合サービスを整理していき、現状のGMOイエラエと今後取るべきポジションを可視化していきました。
セキュリティ領域にはいくつかのサービスがあるため、例えばベネトレーションテスト、脆弱性診断、などGMOイエラエで提供しているサービスごとにこのような整理を行っています。
また、事業領域自体は被っていないが、ステークホルダーインタビュー時に言及されていた「参考にしたい企業」についても調査をかけました。
彼らがどのようなコーポレートアイデンティティを掲げているのか、また、ビジョン・ミッション・バリューなどの項目の関係性をどう捉えているのか、を整理して、今後のあるべき姿の議論が行いやすいようにまとめておきます。
ここまでのステークホルダーインタビューで抽出した課題や理想、競合プロダクトの調査を踏まえて、確固たる指針となるような「GMOイエラエらしさ」の言語化に取り組んでいきます。
前述の通り、GMOイエラエにはすでに「ビジョン」「ミッション」「バリュー」が存在していました。これを、より全社で指針とできるようなものに再言語化していくようなアプローチを取っていきます。
まずは、これまでの調査を踏まえ、「パーパス」「ビジョン」「バリュー」「カルチャー」という項目でアイデンティティを整理すべきではないかということを提案します。(この思考背景の根幹は、「参考にしている企業」の多くがパーパスを掲げていたことに影響されています。) これらの言葉の位置付けについても合わせて伝えます。
抽象的な議論になると、いつまで経っても具体的な議論に落ちていかないことはあるあるなので、最初の提案の段階で、もう以下のような具体的な「パーパス」「ビジョン」「バリュー」「カルチャー」の案は持ち込んでいます。
結論、ほとんど変更されずに合意されることとなりました。調査の過程も共有し続けていたので、最後に言語に落としただけで、プロセスの中でアウトプットイメージは共通で持てていたことが良かったのだと思います。
ブランドコアの策定や各タッチポイントへの落とし込みに取りかかろうとしていたタイミングで、「まずは新しくできたコーポレートアイデンティティを社内に浸透させていきたい」という声が上がりました。
実際、組織としても全社の指針を明確に示すことは重要な課題であったため、この取り組みを優先する判断をしました。
最終的には、以下のようなカルチャーデックを作成し、それを通じてコーポレートアイデンティティの社内浸透を図りました。
このカルチャーデックは印刷して、ハンドブックとして必要な方に配布しました。(デジタル版は全社員に配布。) 同時に、GMOイエラエらしさを象徴する「ホワイトハッカー」的なイメージを押し出したステッカーも作成し、「新しいGMOイエラエ」の姿を社員一人ひとりに伝えていきました。
これらの取り組みは、コーポレートアイデンティティの社内浸透を目的としたものでしたが、同時にブランドコアとなるようなクリエイティブの指針としても活用していくことを意図していました。
実際、ほぼ同時期に、ブランドコアの設計につながるようなイメージも整理しています。「GMOイエラエらしいクリエイティブとは何か?」を、コーポレートアイデンティティをもとに具体的な形に落とし込んでみたところ、役員陣からも全く違和感なく受け入れられました。
この中で最も重視しているのは、「GMOイエラエは、他のセキュリティ企業の中でも際立って“尖った”存在である」という点です。
世界でも有数の、ホワイトハッカーと呼ばれる高い技術力を持つ技術者たちが集まり、尖った技術を武器にしているユニークな会社であるということ。この特徴を、社内外の両方にしっかりと伝えていくことが重要だと考え、その方向性をクリエイティブの指針として明確にしました。
今後、具体的なタッチポイントでこの考え方を展開していく際には、「GMOらしいクリエイティブ」とのバランスを取りつつも、GMOイエラエという会社の本質を表現したこのクリエイティブの軸を持てたことは、今回のプロセスにおいて非常に有益なアウトプットだったと感じています。
現時点ではまだ取り組みの途中段階ではありますが、GMOイエラエにおいてコーポレートアイデンティティが社内にしっかりと浸透しつつあることは、一つの確かな成果として挙げられるのではないかと考えています。
GMOイエラエ社長の牧田から、今回のブランドマネジメントに関する取り組みにコメントをもらったので、ここに掲載しておきます。
最後に、ブランドマネジメント室としての現在地と、今後の展望についてまとめます。
2025年3月、ブランドコアをプロダクト、マーケティング施策やコーポレートの施策で生まれるクリエイティブに反映していくための、ブランドデザインガイドラインが構築できました。これを各種タッチポイントへと反映していくのが次のフェーズとなります。
ブランドマネジメント室というクリエイティブ組織としても、拡大の準備がようやく整ったところだと認識しています。
2023年6月からデザイナー採用を始めて、現在は6名の組織となり、模索しながらではありますが少しずつ専門領域ごとに作業分担を始めています。5年後には20名程度のデザイン組織に育てて、部署の再編成をしたいと思っています。
ブランドコアは、社内に浸透させてこそ意味があります。経営層もブランド構築に大きく問題意識を持ってくれていたので、ここまで来ることができました。
「GMOといえば、セキュリティ」という強い想起をとっていくには、ここからが一番重要です。一枚岩となったGMOイエラエが提供するサービスで、世の中のセキュリティ環境をより一層成熟したものに更新していきます。
本事例の公開と同時に、GMOインターネットグループのテック・デザインブログで、本事例の執筆者である大倉のインタビューが公開されています。ぜひこちらも合わせてご覧いただければ嬉しいです。