三菱UFJ銀行では、2024年から 「カスタマーエクスペリエンス・デザイン室」(以下、CXデザイン室)というデザイン組織が立ち上げられています。
銀行内に置かれたデザイン組織であるCXデザイン室は、案件推進など目先の課題だけではなく、三菱UFJ銀行のリテール・デジタル領域 (*1) 全体に貢献できるような戦略的なデザインアプローチに注力しています。
例えば
三菱UFJ銀行として20年ぶりとなる、新店舗開設のためのコンセプト・体験設計
戦略子会社であるJapan Digital Designと連携した、ダイレクトアプリの新機能開発
顧客起点で施策を設計できるようにする、CXマネジメントの仕組みづくり
リテール・デジタル領域全体のサービス品質を底上げする、デザインシステムの設計
顧客視点の品質管理の仕組みづくり「UXコミッティ」
など、いくつものアウトプットをすでに生んできました。
私たちも試行錯誤の途中ではありますが、経営戦略として「デザイン」を中核に据える意思決定をどのように行ったか、また、そのような期待を受けた組織をどのようにつくってきたのかを赤裸々にまとめてみます。
CXデザイン室は、三菱UFJ銀行が提供する個人向けサービス (リテール・デジタル領域) の顧客体験の向上のために立ち上げられた組織です。
この組織立ち上げの背景には「デザイン = “個々のお客さまに寄り添った体験づくり” を三菱UFJ銀行のリテール戦略の中核に据える」という経営としての意思があります。
銀行では3年ごとに中期経営計画を策定します。2024年からの中計では「リテール・デジタル領域の顧客体験変革」が大きな注力領域として掲げられました。
三菱UFJ銀行だけでなく市場全体の兆候として、前回の中計策定時はマイナス金利環境下であったこともあり、リテール・デジタル領域の収益は厳しい状況にありました。コストコントロールの一環で店舗やATMの削減を進めた結果、リテール・デジタル領域全体で体験の魅力が薄れてしまっていたのです。
この状況を変えるためには、お客さま個々人に寄り添った体験を考えることが必要でした。マスとしてのデータを見るだけでなく、個別の声や行動をとらえ、より定性的な部分を重視して経営を行うことがリテール・デジタル領域に求められていました。
そこで、経営上の最重要注力の1つとしてリテール・デジタル領域を位置づけ、「店舗・ATM・アプリなどの各チャネルおよびそのチャネルを通じた各種サービスなど、お客さまを取り巻く全ての体験」を再設計するべく、現CXデザイン室 室長である長谷川を筆頭に「デザイン×データ」経営を主軸とした各戦略を実現する組織として「CXデザイン室」の立ち上げが始まりました。
まず、顧客体験への注力を経営として意思決定するために、中期経営計画の中に「デザイン」を組み込んでいくことから始めています。この意思決定の鍵は「リテールビジネス(個人消費者へのサービス提供を行うビジネス)= LTVをベースとした戦略」への転換が必要と理解したことでした。
リテールビジネスは「お客さまに長く、より多く利用いただくこと」こそが事業成長の本質と考えています。例えば、22歳で口座を開いたお客さまが、日々の入出金やお振込みに加え、住宅ローン、保険、資産運用など、人生に亘ってどれだけ長く、そして深くMUFGと関わってくれるか。そこに本来の収益ポテンシャルがあると考えています。
とはいえ、本当にここに注力することで事業成長につながらなければ経営としては絵空事になってしまいます。なので、中計ではLTVを重視することで成長が起こることを分析し根拠づけをしています。
具体的には、顧客のライフステージ別データを分析しました。ここで、アクティブユーザーは非アクティブユーザーに比べて大きく収益を生んでいて、体験価値の向上が直接的に収益向上に結びつくことがデータで裏付けられました。
さらに、他社との顧客体験の比較もしながら、現在の三菱UFJには顧客体験のいくつかの項目でまだまだ成長の余地があることを示します。
これまで施策単位ではこのようなNPSの測定を行うことはありましたが、中計のレベルでNPSや顧客体験に触れられたのは初めてのことでした。
三菱UFJ銀行として、すでにブランドを扱う部室や各チャネルの戦略・施策策定をする部室はありましたが、その間をつなぐ役割が組織内に不在であることも整理しました。
なぜ顧客体験改善が具体的な取り組みに落ちていきづらいかというと、その役割を担う組織がいないことが原因であるからだと捉えて、CXデザイン室という顧客体験を扱う部室を立ち上げ象徴的に活動していくことが経営戦略として重要であると整理し、CXデザイン室を新設する意思決定がなされました。
こうして2024年度の中計スタートにあわせてCXデザイン室が立ち上がり、組織の運用が始まります。
私たちは、経営戦略としても極めて重要な役割として立ち上がった行内でも初めての内製デザイン組織です。
最終的に期待されているのは、顧客体験を中心に据えたビジネスプロセスを浸透させ、LTVを向上させることです。一方で、新しい部室である私たちが既存の取り組みや組織に影響を与えていくためには、戦略的な枠組みづくりの動きと、個別プロジェクトの実践・各部室との協働を両立させることが大きなテーマでした。
私たちは、内製のデザイン組織として、外部のコンサルタントのような立場ではなく「あくまで行員の一員として実践・協働を重んじる」ことを意識してきました。
CXデザイン室は、何か具体的な担当チャネルを持っているわけではありません。顧客体験を変えていくためには、各チャネルや商品・サービスを推進する部署と協働して施策を進めていく必要があります。なので、自分たちも草の根的に手を動かすことが大前提だと考えています。
例えば、先日開店した、三菱UFJ銀行にとって20年ぶりとなる新店舗「エムットスクエア箕面萱野」のプロジェクトにも、CXデザイン室のデザイナーが企画段階から参画しています。
店舗の機能的価値や情緒的価値の言語化、各言葉から紡ぎだされるコンセプト、それに基づくムードボード、内装のイメージ、オペレーションの導線、インテリアの一つひとつまでディレクションに関わったことで、行員のほとんど誰も経験がなかった店舗の体験設計を関係者全体を巻き込みながら進めていくことができていました。
CXデザイン室のメンバーが、個別のプロジェクトに入っていくことは、2つの意味で重要です。
- 行内からの信頼が得られる
- 本当に顧客体験を変えていけることを見せると信頼が生まれる
- 新しい部室であるため「この人たちを頼るとよい」と早く思ってもらう必要がある
- 文化を理解し、共に体験変革を推進できる
- 実施経験の中で、組織のステークホルダー関係や、意思決定のプロセス、業務を知ることができる
- いきなり戦略的な仕組みづくりだけを担当しても、プロジェクト経験がなければ机上の空論になる
- プロジェクトを推進していく中での経験から、よりフィットした仕組みをつくれる
リテール・デジタル領域全体で使われる仕組みをつくり、浸透させるためには「他部署から信頼を得る」「実務を知る」ということは必須です。なので、CXデザイン室に所属するメンバーは、全員が “戦略的な仕組みづくり”と “個別のプロジェクト推進” を両方担当する体制を取っています。
このような活動を続けていくと、CXデザイン室に対しての相談も増えていきます。各チャネルの推進者から施策担当者に対して「これってCXデザイン室に相談した?」と問いかけが起こったり、「小さい案件だけど体験としてユーザーへの伝え方に迷っている」と話しかけてもらえたり、信頼が少しずつ積み上がっています。
相談された案件に全て関われると良いのですが、そうすると戦略的な仕組みづくりにリソースを割けなくなってしまうため、内製のデザイン組織だからこそやるべき案件に集中するようにしています。
具体的には以下のようなイメージで、案件の調整をかけています。(明確に決めているというよりは、ケースバイケースなところもありますが)
CXデザイン室で担うものの例
長期的にLTVが高まることにつながる
関係者が多く難易度が高い
これまでに前例がない新しい体験を扱う
プロセス作りや次のPJに経験を生かすことができる
CXデザイン室のもう一つの役割は、個別のプロジェクトから得られた学習をもとに「誰でも顧客体験を高めるプロセス」を仕組みとして広めることです。
この2年間では以下のような仕組みの構築に取り組んできました。
顧客からの評価を可視化するCXマネジメントの仕組み
リテール・デジタル領域全体のUI品質を担保するデザインシステム
HP全体体験を考えるためのジャーニーマップ
顧客体験を中心としたデザインプロセスの型
例えば、顧客からの評価を定点観測しながら、指標化、戦略決定、施策推進の仕組みへと繋げていけるように、NPS調査やインタビューを通したユーザー情報の可視化にも取り組んでいます。
また、チャネルをまたいで横断的に品質を高めるためのアクションとして、リテール・デジタル領域全体のサービス品質を底上げするデザインシステムの設計にも取り組んでいます。
このような、横断的な仕組みづくりまで取り組むのは、プロジェクトの推進だけでは、中長期の目線でリテール・デジタル領域の顧客体験を変えきれないと考えているからです。
まず、銀行組織の特徴として、数年で人員の異動が発生することが理由の一つです。特定の人が推進して顧客体験を高める施策を打てていたとしても、その人が異動してしまえばノウハウが失われてしまい、また一から学習しなおさないといけなくなってしまいます。
また、銀行のリテール戦略のサービスは非常に多く、CXデザイン室のメンバーが全てのプロジェクトに入っていくようなアプローチにも限界があります。
銀行組織の構造を考えると、一つひとつのプロジェクトで短期的に顧客体験を高める施策を打てるようになることに加えて、その学習から誰でも顧客体験を高めるプロセスを行えるようになる仕組みにまで落としていくことで、異動の問題や、CXデザイン室のリソースの問題なども解決できると考えています。
このような仕組みづくりは、前述したように「実践重視」でプロジェクトの推進にまで全メンバーが入り込んでいることでうまく進んでいます。
銀行という組織は、サービスも非常に多く関係者も複雑で、意思決定プロセスもすぐには理解しづらいものです。外から入ってきたデザイナーが「Opsだけ」「戦略だけ」といった役割で活動していたとすると、社内の案件の進め方にフィットしない仕組みばかりつくってしまうことになり、きっと辛い状況になってしまっていたと思います。
コンサルタントではなく、行員の一員として。実践と仕組みづくりを両立することがCXデザイン室の特徴です。
戦略的な動きを推進するためには、CXデザイン室に所属する個々のメンバーの推進力も非常に重要です。私たちは、銀行員出身のメンバーだけでなく、デザイン戦略の推進経験がある多様なメンバーを採用し続けることで、この課題を解決しています。
当初は5名で始まったCXデザイン室でしたが、現在では約10名のメンバーが所属しており、メーカーのプロダクトデザイナー、広告代理店のアートディレクター、デザインコンサルティング会社のUXデザイナーなど、多様なバックグラウンドを持つ経験豊富なメンバーを迎え入れることができました。
彼らは皆、経営的に大きな意味を持って立ち上がったCXデザイン室の成り立ちや、実践と仕組みづくりを両立できる組織の役割に惹かれて入社してくれています。
各メンバーの役割を決める上では、本人が得意かどうかも踏まえつつ、「xxさんといえば、何の人」と覚えてもらえるように特定領域に責任を持ってもらうようにしています。
店舗設計、HPなど、領域ごとにアサインするメンバーをできるだけ固定し、該当するチャネルの部署の人と連携しながら信頼を得ていき、つくった仕組みを浸透させる時にも深くコミュニケーションを取る。
このような、各チャネルの顔になれるような人を増やしていくのが、今のCXデザイン室の組織拡大の方針です。
CXデザイン室は、2024年に立ち上げてから現在は2年目の組織となりますが、すでにいくつもの新しい体験づくりに関わることができています。また、プロジェクトから得られた学びをもとに、顧客体験を高めるための戦略づくりや、施策推進のプロセスにも影響できつつあります。
現在の注力はこの3年間でCXデザインの活動を初動に乗せ、継続できる状態にすることです。この2年間で、まだ公開できていませんが、他にもたくさん仕込んでいる施策があります。これらの施策を積み上げ、小さくとも確実に顧客体験が変わった部分を組織全体に示します。
リテール・デジタル領域が変われば、三菱UFJ銀行の事業成長はより盤石な状態になるだろうと考えています。経営を挙げてのコミットメントを、CXデザイン室が実らせていきます。これから具体的な取り組みの事例もいくつも公開していきたいと思っているので、ぜひ私たちの変遷を見守っていただければと思います。