SmartHR ブランドコミュニケーションデザイン部のOkiです。私はこれまで複数のクリエイティブファームでアートディレクターを経験し、2025年1月にSmartHRに入社しました。
入社直後から携わってきたのが、SmartHRのサービスリリース10周年を記念した企画「SmartHR 10th Anniversary」のアートディレクションです。
外部パートナーを含めたチーム全体で作りあげた企画であることは言うまでもないのですが、その中で全体のアートディレクションを担当した私の視点から、プロジェクトをより良い方向へと進めるために意識したこと、取り組んできたことをまとめます。
周年企画を「なぜやるか」は企業によってさまざまですが、今回の10周年企画では「情緒的価値向上による差別化」というエンゲージメント戦略の文脈のもと、「信頼と好意の醸成」を目的として掲げていました。
SmartHRはこの10年間で大きく成長しました。一方で、競合サービスの増加や各社のマルチプロダクト化が進んでおり、今後は機能や価格だけでは差がつきにくくなることが想定されます。
その状況で選ばれ続けるには、「SmartHRが好き」と感じてもらえる情緒的価値を高めることが、これまで以上に重要になっていきます。
こうした背景から、周年プロジェクトとして「漠然と感謝や決意を伝える打ち上げ花火的な施策」ではなく、向き合うべき課題の解決に資する施策を実行すること。そして同時に、周年という貴重なタイミングを活かし、中長期的なブランド価値の向上にチャレンジする機会として、今回の10周年企画を位置づけました。
そんな10周年企画に、私は入社直後からアートディレクターとして参画することになります。
クライアントワークでの案件単位の関わり方ではなく、事業の過去・現在を踏まえ、未来を見据えたブランディングがしたいと考えて入社したこともあり、当時の自分にとっても、恵まれた機会をいただきました。
先述の通り、10周年における重要な施策であり、アートディレクターとしてクリエイティブを統括する以上、デザイン面からいかに成功確率を高められるかを徹底的に考えながら進める必要がありました。
特に意識したことは以下の4つです。
最初に行ったのは、プロジェクトの全体像に対して「私が何を担うか」そして「クリエイティブが何を担うか」という役割を明確にすることでした。
重要な機会であり、多くのメンバーが長く携わることになるからこそ、どんな役割を担うかが曖昧な状態では進められません。
まず明確にしたのは、アートディレクターとして私自身がクリエイティブの全体統括(制作や品質に関する責任者)を担うことです。
当初は制作に関する座組はあまり固まっておらず、「アートディレクターを複数人置いた方が良いのでは?」という意見もありました。しかし、責任者が明確でなければ、方針や判断にブレが生じやすく、全体の推進力や品質が下がる恐れがあります。
そのため、責任者を一人に定める必要があると提案し、最終的に私がその役割を担うことになりました。
これは、プロジェクトを成功させるためにクリエイティブの判断に全力で向き合うという、私自身のコミットメントでもありました。
次に、「信頼と好意の醸成」という目的に対して、クリエイティブが担う役割を整理しました。デザインの品質が高いことは前提として、その表現が目的に対する最適解かどうかの判断軸を明確にしたいと考えたからです。
まずは企画書にしっかりと目を通し、以下について深く理解するところから始めました。
課題(=目的)
ターゲット
ゴール
戦略
意識変容や読後感(どう感じてほしいか)
理解できない点や、情報が足りない点があれば、その都度企画メンバーと納得できるまで対話し、自分なりにプロジェクトの構造を整理し直していきます。
こうした対話と整理を進める中で、信頼や好意の醸成において最も重要なのは、SmartHRが今までもずっと大切にし、サービスに反映させてきた価値を共有することだと考えました。さらにその価値に説得力をもたらすために、「どんな人が、何を大切に考え、どう行動しているのか」を伝えることが必要だと考えました。
結果として、今回のクリエイティブにおけるミッションは、「SmartHRの、組織や人の能力・人柄・考え方・価値観を伝えるためのデザインで、信頼と好意の醸成に寄与すること」だと解釈しました。
次に、ミッションに応える効果的な世界観や表現をつくるために、デザインとして「何を」表現するのか(=コンセプト)、そして「どのように」表現するのか(=トンマナ)を定義していきました。
デザインコンセプトは、ミッションというお題に対して「何を」表現するのかを、言葉とビジュアルイメージを結びつけながら定義したものです。
コンセプトを設計する際には、以下の要素を何度も反芻しながらアイデアを出し、チーム内でレビューを重ねるサイクルを繰り返しました。
ミッション設定時に洗い出したキーワード (能力や人柄を表すもの)
SmartHRが10年間で培ってきたもの、これからも変わらず大事にするもの
SmartHRのブランドパーソナリティ
「人が、社会が、本当に欲しいもの」という10周年企画のコピー
こうしたサイクルを経て、最終的にデザインコンセプトとして定めたものが「洞察する力 : Insightful Mind」です。
次の「本当に欲しいもの」を見つけ、一歩早く、そして自分たちらしい方法で光を当てていく姿勢 ― ―つまり「洞察する力」こそ、SmartHRの成長を支えてきた能力であり、今回の10周年企画でまさに表現すべきものではないかと考えました。
この段階ですでにかなりの試行錯誤を繰り返しているのですが、表には出ないコンセプトを磨き上げるのは、後続のアウトプットに説得力を持たせ、ブレない軸をつくるためです。
制作が進む中で、楽な方向に逃げず、最初に定めた狙いを徹底し続けるためにも、迷ったときに立ち返ることのできるコンセプトを設定することが重要だと考えています。
何を」表現するのか(=コンセプト)が定まった後は、「どのように」表現するのか(=トンマナ)を定めていきます。
トンマナを定める際には、コンセプトを土台としながら、SmartHRのブランドパーソナリティや、今回の10周年企画ならではの要素を組み合わせていきました。具体的には以下の3つです。
漠然と感謝や決意を伝えるような打ち上げ花火的なものにはしない
SmartHRのブランドパーソナリティ(合理的な熱・本質/誠実・探求・独創性)
この企画だからこそ必要な「未来への期待感」
特にポイントとなったのは3つ目の「未来への期待感」です。
チーム内で雑談を繰り返す中で特に挙がることが多かった「未来志向」「ワクワク」「驚き」「新鮮」「本気」「骨太」などのキーワードを、「未来への期待感」として抽象化することで、この企画だからこそ必要な独自要素になると考えました。
これらの要素と、カラーパレット・写真・タイポグラフィ・質感などの視覚的要素を組み合わせ、トンマナとして整理したものが以下です。
ここまでが、SmartHR 10th Anniversaryにおいて「何を」「どのように」表現するかという設計図がようやく見えてきた段階だと言えます。
ここまでで定めた設計図を踏まえ、ロゴ・カラー・モチーフ・タイポグラフィなどのデザインアセットを制作していきました。
今回のプロジェクトでは、特設サイトやタブロイド、記事など多様な媒体でクリエイティブを展開することや、それらを複数の外部パートナーと制作することが当初から決まっていました。
そのため、外部パートナーも含めたチーム全体が、一貫した印象を高い品質で表現できるような「素材」を作り込むフェーズでもありました。
デザインアセットを制作するうえで意識していたのは、主に以下の3点です。
これまでのSmartHRブランドを壊さず、かつ新しくチャレンジングな印象も見せること
一度見たら何かしら記憶に残るものであること
外部発信向けのクリエイティブだが、社内メンバーも喜べるものであること
制作過程では、私 + 2名の計3名でほぼ毎日デザイン会議を設定し、アイデア出しや造形の作り込みを、同期・非同期のコミュニケーションを組み合わせながら日々進めていきました。
以下、実際に制作したデザインアセッツとその意図を簡単に紹介します。
■ タイトルロゴ 「“0”から“1”を生み出し、その1は10年の歴史を重ね、更にその先へ」という想いを込め、「0→1→10→」をビジュアル記号のようにあしらったタイトルロゴを制作しました。
サービス誕生から現在までの成長を、荒い角が滑らかになっていくことや解像度が高くなっていくことで表現し、またその先につぎの未来が待っている。そういった意味が込められています。
■ カラー SmartHRのデザインシステムのカラーに加えて、これまでSmartHRではあまり使用してこなかった新たな色も取り入れ、色彩豊かで新しいカラーパレットを用意しました。
先述のトンマナ設計では、カラーに「未来志向・先見性」「ワクワク・ユーモア」「驚き・新鮮さ」「トレンド性」といった役割を持たせていました。
既存の“SmartHRらしさ”だけにとどまらず、SmartHRの新たな一面を感じられる印象をつくりたいと考えたことが、この新しいカラーパレットを採用する判断につながっています。
■ グラフィックモチーフ グラフィックモチーフは、デザインコンセプトが最も色濃く反映されるパーツです。
“洞察力”から連想される、観察力・ものを見る力・光の当て方・フォーカス・覗く・レンズ...といった要素をモチーフにしながら色や形をデザインしました。
一方、グラフィックモチーフは必須だったわけではありません。それでも制作したのは、ロゴや色、文字だけではコンセプトを表現しきれず、無難で記憶に残らないものになってしまいそうだったからです。
象徴的で、記憶に残り、世界観をつくりあげるパーツをなんとか生み出せないか──その試行錯誤の結果、グラフィックモチーフを制作することにしました。
■ タイポグラフィ タイポグラフィでは、覚悟や本気、骨太さを表現しつつ、SmartHRの新たな顔つきを感じられることを目指しました。
カラフルなグラフィックモチーフだけでは子どもっぽい印象が出やすくなります。一方で、「人が、社会が、本当に欲しいもの」というコピーに対し、その“本気度”を強く示す必要がありました。
こうした背景から、フォントにはゴシックMB101を選定しました。コピーが力強い印象となり、デザインコンセプトである「洞察力」の表現もブーストするような仕上がりになりました。
その後、制作したすべてのデザインアセッツをガイドラインとして整理した資料を作成し、外部パートナーを含むチーム全体に共有。各種クリエイティブを本格的に作り込んでいくフェーズへと移りました。
SmartHR 10th Anniversaryでは、10周年イヤー全体を盛り上げるために、継続的な施策展開を行いました。
これは、冒頭でも触れた次の考えに基づき、企画チームを中心に設計した方針です。
具体的には、プロジェクト全体をフェーズ1〜3に大きく分け、段階的に施策を実行しながら、10周年イヤーを継続的に盛り上げる構成としました。
この方針のもと、多様な媒体でクリエイティブを展開していきました。外部パートナーと協働して制作したものもあれば、社内デザインチームで完結させたものもあります。
アートディレクターとして、私は全体を俯瞰しながらレビューを重ねつつ、必要に応じて自らも手を動かし、各施策のクリエイティブ制作に深く関わっていきました。
こうしたプロセスを通じて、SmartHR 10th Anniversaryのアートディレクションを進めてきました。
プロジェクト全体のKPIとして、過去施策の実績をもとに試算した目標値を設定していましたが、結果としてすべての指標を達成できました。
特に印象的だったのは、通常であれば一度閲覧されると訪問が減っていくはずの周年サイトにおいて、一定期間にわたりリピーターが多く訪れていたことです。クリエイティブだけでなく、複合的な成果ではありますが、期待値を超える結果につながったことは、素直に嬉しく感じています。
また、10周年クリエイティブをきっかけに登壇の機会をいただいたり、雑誌掲載やデザイン系ギャラリーサイトへの掲載など、デザインを起点とした企業訴求の場が生まれたことも副次的な成果だと捉えています。
一方で、「情緒的価値向上による差別化」のための「信頼と好意の醸成」というエンゲージメント戦略上の目的は、短期的に成果が表れるものではありません。
今後も中長期の視点で効果測定と改善を続け、ブランド価値を積み上げていきたいと考えています。
入社直後から携わることになった、このSmartHR 10th Anniversaryプロジェクト。
周年企画のようなエンゲージメント施策は、成果を定量化しづらく、目に見えるインパクトがすぐに表れにくいもどかしさがあります。それでも、こうした取り組みを地道に続けていくことが、いつか誰かがSmartHRを導入したり、サービスに愛着を持つ確かなきっかけになると信じて進めてきました。
そしてその先にあるのは、機能的価値だけではなく、情緒的価値を継続的に提供し続けることで得られるロイヤリティの獲得です。
数あるサービスの中から「SmartHRだから良い」と選んでもらい(=リードの増加)、気付けば好きだから使い続けている(=継続率の向上)。そんな状態をつくるために、SmartHRだからこそできるコミュニケーションで魅力を振りまいていきたいと思っています。
また、案件単位ではなく中長期的な視点をもって、事業成長の当事者としてデザインに携われることは、これまでのクライアントワークとはまた違った意義を強く感じています。
美しいもの、かっこいいものをつくることは当然として、それが事業にとってどんな意味を持ち、どのような成果に結び付いていくのかを考え続ける。そんな姿勢を、これからも私なりのアプローチで貫いていきたいと思います。