2023年に創業150年を迎えたコニカミノルタは、社会や人々の課題を解決するために法人向けの複合機 (≒ オフィス向けコピー機)、プラネタリウム、医療機器、ガス監視カメラ、などの幅広いソリューション・サービス・プロダクトを開発しています。
私は35年前に入社し、以来ずっと現場の前線でプロダクトデザイナーとして働いてきました。コニカミノルタが製品を展開するほとんどの分野のプロダクト設計に関わってきています。
今回はその経験を踏まえ、コニカミノルタにおけるハードウェアプロダクトデザインの魅力や、プロダクトをまたいでも共通して必要となるスキルやスタンスについてまとめます。
コニカミノルタでは、1つの領域を極めるということよりも、様々な領域の製品デザインに携わる機会があります。私自身も、複合機、医療機器、プラネタリウム、ガス監視カメラなど、さまざまなプロダクトに関わらせてもらうことができました。
このような幅広い事業領域かつ専門性の高い業務に対応するために、プロダクトデザインにはより高い要求が求められます。
ハードウェアのプロダクトは、利用者が自らスムーズに操作し、使いこなせる必要があります。利用シーンを具体的に想像できなければ、ハードウェアのプロダクトはつくれません。
さらにコニカミノルタは、計測機器や医療機器など、さまざまな専門性の高いBtoB領域に向けて製品を提供する会社です。これらの業務は、日常生活の中で触れるものではないため課題を想像することも簡単ではありません。
コンシューマー向けのプロダクトならば自分ごととして使う場面を想像できますが、BtoBの専門的な領域の製品を検討していく際には、自ら積極的に業務を理解しにいく必要があります。
つまり、いくつもの専門性の高いBotB領域の業務を具体的に理解していくことを、コニカミノルタのプロダクトデザイナーは求められているということです。
業務で使われるハードウェアプロダクトは、最終的には「業務に馴染む、長年使われる製品のカタチを見つける」というのが一つのゴールになるように思います。
事業領域を拡大していく中で、コニカミノルタでは新しい事業領域に踏み出していきました。そのような新しい事業領域では、「どんなカタチが最適なのか、市場全体で分かっていない」場合が多くあります。
私たちがハードウェアのプロダクトデザインで目指しているのは「最適なカタチを素早く見つけ、市場の当たり前にしていく」ことです。
ハードウェアプロダクトは、ソフトウェアと違い、基本的に、一度製品を公開すると、しばらくの期間は変更できません。「とりあえず公開して試す」といった考え方ではなく、「初回から完成度を上げる」という意識を持つことが必要です。
製品が実際に使われる様子を観察しながら、少しずつ理想の形に近づけていく。そして、結果として市場にフィットし、ロングセラーになる――。私は、こうした製品の成長をプロダクトデザイナーとしてリードすべきだと考えています。
新たな事業領域で専門的な業務を具体的に想像しつつ、最適なカタチを見つけていく。これがコニカミノルタのプロダクトデザイナーが向き合うべき問いかと思います。
このように、専門性が高く、幅広い業務の課題解決を行う製品をつくっているのがコニカミノルタのプロダクトデザイナーの仕事です。
私たちは「どんなプロダクトであっても共通して求められるスキルとスタンス」として、以下の5つを意識してプロダクトデザインに取り組んでいます。
これからコニカミノルタで働くプロダクトデザイナーや他社のデザイナーの参考になるように、事例を交えながら一つひとつまとめていきます。
まずは、プロダクトをまたいでも共通するハードウェアプロダクトデザイナーに求められるスキルについて。ハードウェアという特性を踏まえて、以下のようなスキルが求められます。
事業特性に合った観察プロセスの選択
徹底的なプロトタイピング
開発側との連携
必要となるスキルの一つ目は、「事業特性に合わせて観察プロセスを選択する力」です。
例えば複合機のような製品であれば、何となく消費者側の視点を自分たちも持つことができます。
現場にヒアリングしにいくこともありますが、同じオフィスワーカーとして、どのようなタイミングで、どういう行動を行うか、ある程度課題の想像がつくので、課題を想像しながらプロダクトデザインに取り組んでいきます。
一方で、目で見えないガスを可視化し測定可能にするガス監視カメラのような専門的な用途のプロダクトでは、一気にこの課題理解が難しくなってしまいます。普段からこのような業務に触れているわけでもなければ、業務を見せてもらうことを頻繁に行えない場合もあります。
また、ガス監視カメラの場合は、利用する場所が海外プラントなどが多いため、現地に行くこともなかなか叶いません。
このような場合では、限られた観察のチャンスをうまく活かして、課題を想像することが求められます。
例えばガス監視カメラの開発では、事業部側のメンバーが海外プラントに出張に行き、そこで撮影してきた写真や、現地の方に聞いてきた課題感をヒントにして開発をしています。
この現地調査の中で、ガスプラントでは、ある場所でカメラを固定してガス漏れを検査しているわけではなく、担当者が複数の離れたプラントを受け持ち、プラント内ではカメラを持ち歩き、例えば柵ごしに見上げるような高所など、さまざまなガス漏れが懸念される場所ごとに検査をしていることがわかりました。
この事実を踏まえると、ガス監視カメラは「いろいろなアングルで撮影しやすく」「持ち歩きするためにコンパクトにしなければ」ということが分かります。
ただ、このような専門性が高いプロダクトでは、初回リリースの時点で観察が不十分であることも多いはずです。一部のお客様には初回リリース前に見ていただくことはありますが、リリースまでの限られた時間の中ですべてのシーンを観察することは難しいのが実情です。
そのため、できる限り観察・プロトタイピングで検証はしつつ、リリースをしたのちにモデルチェンジを行うまでにお客さまの声を再度集めていきます。
ガス監視カメラでは、初回モデルの製品公開後は駐在員に現地で利用シーンを観察してもらい、その様子やお客さまの声を共有してもらうことで、次回のデザインに活かしています。
事業部側は、ずっと同じプロダクトの分野に携わり、常に課題に触れているいわば専門家です。プロダクトデザイナーはそこと対等かそれ以上にお客さまのことを理解しなければいけません。
コニカミノルタでも、ヘルスケア領域でプロダクトデザインに取り組むメンバーは、X線技師の方や医師の方にヒアリングをする機会を設けてもらい、限られたチャンスで十分な情報が得られるように徹底した準備を行っています。
また、それだけではなく、医師学会に訪問したりなど、そのドメインの理解をするための勉強をし続けているプロダクトデザイナーもいます。
このように、課題理解をするための努力を常にしているのがコニカミノルタのプロダクトデザイナーの特徴です。
二つ目に大事なスキルは「徹底的なプロトタイピング」です。
ハードウェアのプロダクトは「出して壊す」というのが行いづらい性質にあり、できるだけ開発する前に、徹底したプロトタイピングを行い、理想的な体験を検証していく必要があります。
このプロトタイピングも、プロダクトの性質やフェーズに応じて、その目的を変化させる必要があります。少し例を出して説明します。
複合機のプロトタイピングの例: 最適なカタチに向けた模索
私が入社した頃は複合機を担当していたのですが、アナログからデジタルへの転換期だった当時は、各メーカーが「どのようなカタチが最適なのか?」を模索していた時期でした。
市場全体でまだまだ理想的な複合機の形も分かっておらず、形状も検証していく必要があり、このようなタイミングでは、実物と同じような模型をつくって立体モデルで検証をしていくことが必要となります。
とはいえ、そんなに大きなものをプロトタイプするのも難しいので、当時は実際の素材ではなく、同じサイズの発泡スチロールを使って検証していました。
そこから各メーカーで検証が進むうちに、市場的に「このようなカタチが理想的」という学習が起こっていきます。そうなると、もうカタチ自体の検証は行わなくなるような場合もあります。
現在でも、アナログからデジタルへのシフトを行うタイミングなど、市場全体で最適なカタチが分かっていない場合には、当時と同様に発泡スチロールの削り出しを行うなど、立体モデルをつくって検証をしていく場合もあります。
ガス監視カメラのプロトタイピングの例: 一部分のラビットプロトタイピングで課題仮説を検証
前述したガス監視カメラでは、開発前の課題仮説の検証の文脈で、プロトタイピングを活用しました。
ガス監視カメラの最初のモデルをリリースしたのちに、事業部側で現地での使われ方を観察していると、コンパクトであることは評価されつつも、想定以上にいろいろなアングルの撮影が行われていることがわかります。
となると「いろいろな角度から撮影しやすくなるように、回転するハンドグリップをつけた方が良いのではないか?」という発想が生まれますが、そのためのヒンジ機構を収めるためにカメラサイズが大きくなってしまうというジレンマが発生します。そこで回転ヒンジを内蔵しながらサイズ拡大をせずにしっかりホールドできるハンドグリップができないか?がテーマとなりました。
この仮説を検証するためには、実際に近い形状のプロトタイプが必要となります。ただ、すべてを試作機としてつくるとなると非常にコストも時間もかかってしまいます。
そこで、グリップの形状という一部分を検証する目的で、今回は3Dプリンターを活用して、グリップだけをたくさん模型として作成してみました。
良さそうなグリップの形状が設計できたら、その3Dデータを開発側に共有していく、という一部分のラビットプロトタイピングで課題仮説を検証することも場合によっては有効となります。
三つ目に必要なスキルは、「お客さまが求める要件と、開発しやすさの “間” を調整」できることです。
ものづくりは、プロダクトデザイナーだけでなく、多くのステークホルダーと連携して行われます。特にハードウェアの場合、実際にプロダクトに落とし込む際には、図面をもとに開発を行う部署と連携していくことが必要となります。(外部パートナーである場合もあります。)
このような開発側との連携をうまく行わなければ、デザインの意図がうまく反映されず、現場で使いづらい品質のものが世に出てしまう可能性もあります。それを避けつつ、開発しやすさと、お客さまが使いやすい形状の間を調整していくのもデザイナーとして工夫すべきことだと考えています。
例えば、ガス監視カメラだと、お客さまが求める要件として大事にすべきだったのは「熱耐性」と「ハードな使い方に耐えうる強度」でした。
ガス監視カメラは石油・ガス採掘などの現場での検査に使われますが、この現場は砂漠のような環境も多く50℃を超えるような炎天下の中で機体を持ち歩くため、機体が熱くならないことは性能を担保するためにとても重要です。
合わせて、手持ちでさまざまな視点から撮影するハードな使い方に耐えうる強度がなければ、機体がすぐ傷だらけになってしまうことも想像できていました。
一方、初回のモデルは「白色の機体」になっています。これは、傷が見えづらい色 (グレーなど) を使うと、どうしても開発の視点では熱問題への対処が難しくなるので、熱に対する機能要件を優先したためでした。
しかし、公開後、やはり機体はハードな使われ方をすることが分かってきたため、次のモデルチェンジでは「機体の傷が見えづらい色で、なおかつ、熱問題にも対処できる」ことの重要度を上げることとしました。
そのために私は開発側と連携しつつ、傷が目立ちづらい素材や色を探り、熱対応の要件も満たせるように何度も試作を行いながら調整をしていきました。このような連携があって、最新のガス監視カメラの機体のカラーは「シルバー」に落ち着くことができています。
スキルだけでなく、「どんなプロダクトに関わる際にも共通して求められる姿勢」もあります。これからのハードウェアプロダクトデザイナーには、特に以下の2点が重要になります。
技術発展とともにプロトタイピングの手法をアップデートする
デジタルとハードウェアを連動させた体験づくり
プロトタイピングの重要性についてはすでに触れましたが、このプロトタイピングの手法についても積極的にアップデートしていく姿勢が求められます。
例えば、25〜30年前までは、2D図面を描いたのちに、それをプリントして、発泡スチロールを切り出して模型をつくるような方法が一般的でした。(この手法は、現在でも行うことがあります。)
例えば複合機の場合、以前は大きな発泡スチロールを削って模型を作り、形を検証していました。しかし、この方法はコストも手間もかかります。そこで、技術の進化に合わせてより適切なプロトタイピング手法を選ぶようになりました。
2000年代になってくると3D CADが登場します。私も積極的にこの技術を取り入れて、3D図面でプロトタイプをつくることも行ってきました。
ただ、3D図面を画面上で確認するだけだとリアルな寸法が分からなくなってしまったりもします。実際に制作してみると、「あれ、こんなに大きかったっけ?」となることも多々ありました。
そこで最近では、VRや3Dプリントを活用したプロトタイピングも取り入れています。VRは大きなものをつくるときに実寸大での確認や設置環境を再現するために使い、3Dプリントは握ったり触ったりする必要がある部分の形状を確かめるために使う、といった使い分けをしています。
AR/VRによるプロトタイピングでは、3Dのデザインモデルをつくり、AR/VR空間内で実寸大で検証しています。
モックアップや試作ができる前に実寸大に近い形で確認できることに加えて、リモートでもプロトタイプを確認できるメリットがあります。
オフィスでプロトタイプを囲んで議論することもあれば、リモートで働くメンバーとVR空間でプロトタイプを見ながら議論するなど、新しい働き方を実践できているようにしています。
ガス監視カメラのグリップの検証では、3Dプリントを活用したことはすでに触れましたが、コニカミノルタではこのような新しい技術を取り入れて、技術発展とともにプロトタイピング手法をアップデートすることに積極的に取り組んでいます。
プロトタイピングを行う上では、モデラーという図面や模型づくりに特化した専門職種の存在も欠かせません。VRや3Dプリントなどの操作は、デジタルモデラーとデザイナーで連携していくことで、うまく実践レベルに引き上げることができています。
もう一つ、今の時代だからこそ必要になるのが「デジタルとハードウェアを連動させた体験づくり」に取り組む姿勢です。
2000年代には、ハードウェア製品にも組み込みの画面が当たり前につけられるようになり、2010年代になると、クラウドの登場とともに、ハードウェアだけでなくソフトウェアとともに体験を提供することが徐々に当たり前になっていきました。
コニカミノルタでも、当初はハードウェアのプロダクトデザイナーがハードウェアのGUI設計も同時に行なっていましたが、今ではデジタルデザイン専門のチームもあるように、少しずつこの広い体験をコントロールしていくための組織体制の変化が起こっています。
ここで押さえておくべきは「お客さまに一貫した体験を提供することが必要である」ということ。そして、「そのためにハードウェアとデジタルの両方の体験を一貫させていくことが必要」だということです。
例えば、ガス監視カメラだと、ハードウェアによる検知と、その結果を表示するUI設計は、同時に行なっています。
「どこまでをハードウェアで担当し、どこからソフトウェアで担当するのか?」という問いを持ちながら、体験全体を整理していくような業務が必要となってきていることを感じます。
もちろんこれをプロダクトデザイナーが1人で行うことは難しく、さまざまな職種と協業しながら、複雑な体験をうまく一貫させていくような姿勢が求められます。
では、この中でハードウェアのプロダクトデザイナーとしてはどこに責任を持つべきなのでしょうか?
私たちは、ハードウェアの外観を通した体験にはすべて責任を持つという姿勢を持っています。
ハードウェアのものづくりでは、機械的な部分だけでなく、それを扱うお客さまがうまく想定通りに操作してくれることが不可欠です。そして、そのためには、お客さまが機械を触る前後の体験まで意識して、適切に情報を伝えていくことが必要となります。
例えば、コニカミノルタのハードウェアプロダクトデザイナーは、製品に貼る操作指示系のラベルデザインも担当しています。
製品を開封し、セットアップして、実際に使う――その一連の体験を想像しながら、迷いそうな箇所には操作ラベルを付けています。一見当たり前のことですが、「現場で使われ続ける」ために、体験全体を考えた工夫を絶えず行っています。
ハードウェアは、一度開発し、お客さまに届けると、簡単には改善ができません。機械自体はもちろん、この印刷物一つとっても、丁寧な想像のもとに、開発・販売の前に設計をしていくことが求められます。
私たちは「デジタルの登場により、これまで以上にお客さまと多様なタッチポイントを持てるようになった」「デザインの貢献範囲がさらに増した」とポジティブに時代を捉えています。
デザインの難易度はもちろん高くなっているのですが、この時代だからこそできるハードウェアとデジタルを融合したプロダクト体験を生み出せるチャンスなので、プロダクトデザイナーとしてはやりがいのある時代であるはずです。
ここまでに述べてきたようなスキルやスタンスを発揮することで、コニカミノルタでは、さまざまな業務で使われるプロダクトが多く生まれています。
私たちは、コニカミノルタのプロダクトデザインの魅力は、派手なものづくりではなくて、「業務に無くてはならないもの」「長く使われるもの」をつくっていることだと考えています。
BtoBでのものづくり、という性質もあるのでしょうが、誰しもが想像できるわけではない専門的な業務を丁寧に観察し、プロトタイピングやモデルチェンジを通して長く使われるモデルへと昇華させていくことがやりがいだなと思います。
最後に、これまで紹介してきた共通スキル・スタンスを発揮したことで起こった、印象的な出来事をいくつか紹介します。
一つは、複合機の給紙トレーを、上からでも下からでも握れるようなカタチに変えたこと。これは、車椅子のお客さまのことを想像してつくった機能でした。これは公開直後、実際に車椅子の方からも「とてもありがたい」と感謝の声をいただき、それも記憶に残っています。
さらに、その後に世の中を見てみると、今やほとんどのメーカーの複合機では、当たり前のように上下両方からトレーを握れる形状となっており、本当かどうかはさておき、お客さまを想像して最適なカタチを提案したことによって、市場の当たり前が更新されていることにやりがいを感じました。
また、病院のX線撮影で使われるフラットパネルディテクタ (FPD) のカタチについて。これも全周に凹みを設けてグリップをつくり、どの面からでも持ちやすくしています。
この機能は、当初開発側からは「技術的に実現が難しく、もしも不要なら外せないか」と相談された部分でした。
ただ、課題を意識して、絶対に必要だと押し通したことで、反響がしっかりと生まれ、今では開発側も当たり前のようにそのカタチを受け入れてくれるようになっています。
このように、自分のものづくりが、市場に受け入れられ、誰かの課題を解決し、ひいては、世の中の当たり前のモデルになっていく。このような可能性をコニカミノルタのプロダクトデザインは持っています。
これからコニカミノルタで働くプロダクトデザイナーの方には、ぜひ今回共通スキルやスタンスを踏まえつつ、さらに新しい当たり前を、世の中に生み出していってもらえればと思います。