GA technologiesのクリエイティブセンターで、コミュニケーションデザインのコーポレートチームのマネージャーを務めている山本真理子です。
昨年、グループ会社の一つである「Modern Standard」における新規事業「THE MODERN」のブランド立ち上げを担当しました。THE MODERNは、都市部のハイクラス物件を対象とした不動産コンシェルジュサービスです。
https://www.m-standard.co.jp/the-modern/
ブランド立ち上げにデザイナーとして参画するにあたり、最も力を入れたのは「どの方向性に伸びる事業にすべきか」への解像度を高めていくことでした。
高品質なクリエイティブをつくることは前提として、事業そのものをより価値あるものにする視点で取り組んできた、私なりのプロセスをまとめたいと思います。
私がこのプロジェクトに参画することになったきっかけは、Modern Standard社から、新規事業の立ち上げにあたりネーミングやロゴを制作してほしいという相談を受けたことでした。
当時の状況としては、富裕層向け不動産の新規事業を立ち上げる方針が定まっており、競合調査なども進んでいる状態でした。
しかし、ヒアリングを進める中で、このままネーミングやロゴを決めていくことは難しいということに気づきます。
ブランドの前提となる事業ポジショニングがまだ十分に整理されておらず、その解像度を高めていく必要があると考えたためです。
この判断の背景には、市場環境の難しさがありました。
今回対象としていたハイクラス不動産領域は、ブルーオーシャンではなく、すでに老舗の大手企業が複数存在しており、顧客との信頼関係を築いているケースも多くあります。
さらに、富裕層はそもそも母数が少ないうえに、誰でも簡単に接点を持ったりアプローチできるわけではありません。新規参入する難易度が比較的高いといえる領域です。
その中でも顧客に選ばれる事業となるには、誰に向けて、他にはないどんな価値を提供するのかという事業ポジショニングを、より一層明確にしておく必要があります。
また、それに結びつく形でネーミングやロゴなどのブランドアセットをつくる必要があります。
仮にこれらを明確にしなくても、それらしい高級感ある表現をつくること自体は可能ですが、「なぜ選ばれるのか」という中身が伴っていなければ、ブランドとしての価値は薄くなってしまいます。
このような背景を事業部メンバーにも共有したところ、その必要性に合意することができ、新たに予算を確保した上で、事業ポジショニングの明確化を含めたブランド定義を進めることになりました。
ここからは、実際に取り組んできたプロセスを、いくつかのポイントに絞って紹介します。
まず注力したのは、対象顧客となる富裕層の方々への解像度を高めるための調査です。
前述の通り、既存の競合が多く存在する中で、富裕層の方々のニーズを的確に捉えたうえで事業立ち上げを進めるには、実際に声を聴き、インサイトを詳細に把握する必要がありました。
また、そこで得られた一次情報やインサイトをあらゆる場面で根拠として、より良い意思決定を積み重ねていくためにも不可欠だと考えていました。
具体的には、マーケティング部門や外部調査会社と連携し、ターゲット属性に近い富裕層の方々を対象にインタビュー調査を実施しました。
事前に複数のサービスコンセプト案を用意し、それぞれの方向性に対してどの程度価値を感じるかを検証するとともに、投資状況や価値観、習慣、行動など、顧客理解を深めることを目的としていました。
インタビューには事業部メンバーとともに同席し、発言内容だけでなく、振る舞いや温度感も含めてチーム全体で共有しました。
実際に顧客の声に触れることで解像度が高まり、特に既存企業との関係性の強さや、新規サービスに対する心理的ハードルの高さなどから、新規参入の難易度の高さを改めて実感することになります。
調査結果を詳細に分析する中で、ターゲット層が大きく2つに分けられ、その属性も大きく異なることが明らかになりました。
重要視する価値観やニーズ、デジタルへの抵抗感などが全く異なるため、どちらを主なターゲットとするかによって、提供価値や訴求、アプローチ方法が大きく変わります。
そのため、この分岐点を明確にした上で、事業ポジションを意思決定する必要がありました。
そこでまずは、調査結果をもとにターゲットごとの特徴や行動、何に価値を感じるのかを詳細に整理するとともに、どちらか(または両方)をメインターゲットとした場合に想定されるアプローチ手段やリスクについても可視化しました。
そして、事業部メンバーとともにどの方向性に進むべきかを議論していきました。
その結果、事業として優先すべきターゲット層を明確に意思決定することができました。
実際にインタビューに同席し、顧客像についての共通認識を持った上での議論だったため、分岐に答えを出す必要性についての認識も揃っており、納得度の高い意思決定につながったと感じています。
ターゲットが明確になった後は、より詳細にブランドの方向性を言語化することに力を注ぎました。
どのような価値を提供する事業なのかを、誰もが齟齬なく認識できる言葉で整理しておかなければ、ネーミングやビジュアルにも一貫性を持たせることができず、ブランドとしての軸がぶれてしまう可能性があると考えたためです。
そこでまずは、顧客にとっての便益が何かを整理しました。ポイントは、インタビューを通じて得られた顧客インサイトを軸に構成すること、そしてGA technologiesグループ全体を俯瞰した上で、Modern Standard社として強みにすべき・強みにできる点を提案することです。
このように全社を俯瞰した上で強みを提案することは、グループ全体のブランドマネジメントを担う部署だからこそできるアプローチかもしれません。
次に、顧客インサイトと自社の強みを掛け合わせながら、ブランドとしての方向性を定義していきました。顧客にとっての価値と、それを実現できる根拠の両面から整理することで、ブランドの軸となるコンセプトを言語として明確にすることができました。
事業コンセプトが定まった段階で、はじめて当初の相談内容でもあったネーミングやロゴなど、ブランドアセットの設計へと移っていきました。
ここで意識していたのは、コンセプトに含まれるすべての要素を表現しようとするのではなく、その中で特に強く打ち出す価値は何かを見極め、いくつかの方向性に分けて提案・意思決定していくことです。すべての要素を詰め込むと、どうしても抽象的な表現になってしまうためです。
例えばネーミングにおいては、高級感を打ち出す方向性や、先進性・特別感を打ち出す方向性など、複数の切り口を用意し、方向性とセットでネーミングを意思決定できるようにしていました。
この考え方は、ビジュアルの方向性を定める際にも同様で、まずは表現の軸を定義した上で、具体的なデザインへと落とし込んでいきました。
ネーミングやビジュアルの方向性が決まった後は、それらをもとに各アウトプットの精緻な作り込みを行っていきました。
また、単にロゴやWebサイトに留まらず、名刺や封筒、契約書、スライドといった実務的なアイテムに加え、スリッパのような空間での体験要素に至るまで、事業部と連携しながら必要なものを洗い出し、制作を進めていきました。
このようなプロセスでブランド定義や各種クリエイティブへの展開を行い、2026年2月から正式にサービス提供を開始することができました。
事業部メンバーと密に協力し合いながら、事業ポジショニングの設計から進めたことで、THE MODERNが提供する価値への解像度が組織全体で高まり、それを体現したブランド立ち上げができたのではないかと考えています。
https://www.m-standard.co.jp/the-modern/
サービスとしてはまだ提供開始したばかりですが、今後もお客様に心から価値を実感していただけるように、ブランドを育て続けていきたいと思います。
改めて、今回私が最も力を入れたのは「どの方向性に伸びる事業にすべきか」への解像度を高めていくことでした。
デザイナーとして最終的にアウトプットするものは、ロゴや各種クリエイティブといった目に見えるものです。ただ、それらをなぜつくるのかといえば、お客様に価値を強く実感していただき、より意義のある事業をつくりあげるためです。
そうである以上、本当に事業として成立するのかどうかを、自分自身もしっかりと腹落ちしたうえで制作することを大切にしています。
もし、その前提がチームとして十分に整理されていないのであれば、職能や肩書を一度脇に置き、事業に関わる一人の人間として「事業として、どうあるべきか」から一緒に考えていく必要があると考えています。
実際に、THE MODERNの立ち上げにおいては、終盤に差し掛かるまではデザインをどうするかではなく、事業をどうするかだけを考えるようにしていました。
そうした方が、誠実に事業の価値に向き合えると思いますし、チームとしても一体感を持って乗り越えていけます。その結果、最終的な成果物や提供価値も、素晴らしいものになっていくと考えています。
これからも、より良い事業やサービスをつくり上げていく当事者として、楽しみながらデザインに取り組んでいきたいと思います。