DeNA デザイン統括部にある3つの部室の1つである「エクスペリエンス戦略室」は、「DeNAのモノづくりにおいて、UXデザインの浸透を行う」というミッションを掲げて活動しています。
私は2022年6月にDeNAに入社し、エクスペリエンス戦略室のUXデザイナーとして、UXリサーチ・デザインプロセスの組織浸透に取り組んできました。
UXリサーチは、顧客理解を深めることで事業・プロダクトの成功確率を高める有効なアプローチである一方で、組織内での認知度が低かったり、市民権を得づらい場面も多いかと思います。
DeNAにおいて、UXリサーチが事業成長を生むドライバーとして認識され、組織全体で活用される状態を目指し、2年間にわたり試行錯誤してきた取り組みや、現在地についてまとめたいと思います。
前述の通りエクスペリエンス戦略室では、DeNAのモノづくりにおいてUXデザインの浸透を行うことをミッションとしています。
2019年の設立以降、UXデザインを軸に、DeNAグループ内はもちろん、アライアンス先との新規サービス開発に企画段階から参画し、実績を作ってきました。(以下例)
その中で、2022年頃エクスペリエンス戦略室では、特にUXリサーチ領域に専門性を持つ人材を引き入れ、社内へのUXリサーチ・デザインプロセスの浸透を強めていく方針が取られていました。
当時、社内では仮説検証を十分に行わずリリースして失敗するケースが発生しており、クイックに仮説検証を繰り返して成功率を高めるプロセスを定着させる必要があると考えられていたからです。 ただ、当時のエクスペリエンス戦略室にはプロトタイピングに強みを持つデザイナーが多い一方で、上流工程で探索的・検証型リサーチを行い、それを価値体験の設計に繋げることに専門性を持ち、社内浸透をリードできる人材が不足していました。
このような状況の中で、UXリサーチ領域に専門性を持つ1人目のUXデザイナーとして私がDeNAに入社することになります。
前職では、某大手自動車メーカーで自動運転サービスやコネクテッドサービスの開発に携わり、特に開発プロセスの上流工程における計画や、課題探索、調査、仮説検証などの専門性を培ってきました。
スピーディかつ大きな規模で社会課題解決に取り組むDeNAにおいて、私が培ってきたUXリサーチ・UXデザインのアプローチを活かすことができれば、より大きなインパクトをもたらすことができるのではないか。私自身のWILLも重なり、エクスペリエンス戦略室で、DeNAにおけるUXリサーチ・デザインプロセスの組織浸透に取り組むことになります。
DeNAに入社してから約2年、大まかに以下のようなステップでUXリサーチの組織浸透に取り組んできました。
ここからは、各ステップでの狙いや具体的な取り組み方についてまとめていきます。
UXリサーチの組織浸透を図るにあたって、まずは何を目指し、どのような方針で進めていくかを整理するために、チーム内でディスカッションを行いました。
ただ闇雲に「リサーチは重要なのでやりましょう」と声を上げても意味はなく、多くのリサーチタスクをこなしたからといって、必ずしも求める結果にたどり着くとは限りません。
DeNAのモノづくりを強化し、事業の成功確率を高める。数多くの新規事業が立ち上がり、より多くの方々に喜びを届けられる。こういった目指したい姿に対して、リサーチがどのように貢献できるか、どうすればそのような状態に近づけるのかについて、明確な指針を持ちたいと考えました。
ディスカッションを通じて、2022年から2025年までの3年間のゴールや、マイルストーン、必要なアウトプットをまとめました。少し画像の文字が見えづらいかもしれませんが、例えば2025年3月時点のゴールとして、以下を設定していました。
UXリサーチが社内に浸透している
各事業部で自発的にUXリサーチが行われている
各プロジェクトでリサーチの予算が確保されている
エクスペリエンス室で、UXリサーチ人材が確保されている
専門的な知識を有するトップレベルのUXリサーチャーがエクスペリエンス室に在籍しており、事業成功確率が高まっている : 質の担保
注力事業部に対して専任UXリサーチャーをアサインしている : 重要な案件に入っている / 量の担保
UXリサーチのプロセスやツールが整備されていて、全社的に統一された思想に基づいて進められており、品質が保たれている
マイルストーンを基に組織浸透を進めるにあたって、何より重要だと考えたのは「実績づくり」です。つまり、「リサーチを通じて、事業・プロダクトが良くなった」という結果を生むことから始めました。
実績がなければ「リサーチをして本当に良くなるの?」「工数が増えるだけでは..?」と疑問に感じるのは当然のことだと思います。
そのため、まずは泥臭く課題解決に一緒に取り組んで結果を作りつつ、その過程でリサーチの考え方やプロセスを伝えていくようにしました。実際のプロジェクト例は以下です。
まずはPLAYBACK 9というサービスでのリサーチに携わりました。
リリース後にユーザーが思ったように増えないという課題に直面する中で、サービス利用者を増やすためのプロダクトの方向性や施策を考える材料を集めることを目的にリサーチを実施。
その結果、サービスコンセプトの受容性を確認することができ、現状のユーザーの不満や課題が明確になるとともに、ターゲットであるベイスターズファンの潜在的なニーズを明らかにし、そのニーズを5つのアーキタイプに分類することで、プロダクト改善につなげていくことができました。
また、社内の某新規事業企画において、リサーチからアイデア検証をリードし、短期間で受容性が確認された新規サービスコンセプトの立案・提案を行いました。
ターゲットユーザーは決まっていたものの、その人たちの課題や実現したいことがチーム内で明確にできていなかった状態から、デスクリサーチやインタビューを行ってユーザー理解を深め、Pain・Gain、潜在的ニーズを明らかにしました。
さらに、ワークショップによるサービスのアイデア出しや、コンセプト検証、ビジネスモデル・収益性の検討といった、UXデザインプロセスを一貫してリードすることができました。
スマートシティに関する新規サービスの企画・開発プロジェクトでは、サービス構想が膨大な仮説に基づいており、検証が行われていないという課題がありました。また、まちづくりを最終目的としていましたが、ステークホルダーを適切に巻き込めていない状態でした。
複雑なサービスであったため、まずはサービス全体像を可視化し、共通認識を醸成。その上で、仮説や今学ぶべきことを洗い出し、検証のためのリサーチ計画を策定して実行しました。具体的には、横浜の街での実証実験やデプスインタビュー、行動観察など多様な手法を組み合わせて検証を行いました。さらに、他社協働の企画チームを設立し、運営を行いました。
結果として、仮説検証とピボットを繰り返すことでサービスの成功確率を高め、また、街のステークホルダーとのコミュニティ形成に向けた足がかりを構築することができました。
実績づくりと並行して、サービス開発プロセスでリサーチを活かしやすくする体制整備も行いました。
DeNAでは事業も多く、プロジェクトが進むスピードも極めて速いです。その中で、リサーチ活動のスピードが遅くて「足枷」のように感じられたり、プロセスが不透明で「何か分からないが、リサーチャーが頑張っているもの」と思われてしまうと、双方にとって不幸せです。
そのため、事業が進むスピードと足並みを揃えながら、リサーチを通じた成果を高められるようにすることを意識して、体制整備を進めています。
例えば、社外の方へインタビュー等のリサーチを行う際に、法務等の観点から問題ないか確認する「CPチェック」というフローがあるのですが、旧来のフローでは1〜2週間ほどかかる場合がありました。
一方、サービスの検証を行う時には、今日計画して明日インタビューしたいという場面も当然ありますし、リサーチのために待つ期間が事業のボトルネックになってしまっては本末転倒です。
そこで、特別に手続きを簡略化し、数時間後には承認が降りるというフローを構築・運用し始めました。
一連の開発プロセスにおいて、リサーチはいつ・誰が・どうやるのかについて共通認識がなかったことも課題の1つでした。
そこでまずは、ユーザー理解を深める活動を行っている品質本部と目線を合わせて協業体制を築きました。具体的には、開発プロセスの中での部署ごとの役割分担を仮説としてまとめ、事業部に浸透していくための土台としました。
少しずつ実績ができてきてからは、社内のより広い範囲でUXリサーチの概念を伝えるとともに、UXリサーチを扱える人員を増やしていく( ≒レバレッジを高める ) ことを狙いとして、UXリサーチ研修を実施しました。
具体的には、以下のような流れで研修を実施していきました。
DeNA全社に向けて、UXリサーチの全体像を伝える90分の講義を実施
リサーチへの関心度が高い有志・グループに対して、90分×8回のUXリサーチ研修を実施
特にSTEP2の研修は、90分×8回の講座と個別ワークを含め、計15時間以上の貴重な時間をいただいて実施しています。理想論や教科書的な内容を並べるだけでなく、日々のプロジェクトでの課題解決に活かせるよう、実践的かつ実用的な内容を手厚くお伝えするように心がけていました。さらに、学んだことはすぐにやってみて、疑問に思ったことはすぐに解決し、自身の中に学びをインストールしていけるように設計しました。
具体的には、テーマを「コンセプト検証」に設定し、実践型講座+演習形式で進行。提示された新規サービスのコンセプト検証を行い、リサーチ結果からコンセプトのブラッシュアップやピボットの提案を行うような流れで研修を実施しました。
参加してくださったメンバーの熱量も非常に高く、結果として、研修満足度も良好であったとともに、それぞれのチーム・プロジェクトにおいてUXリサーチを実践していく取り組みが生まれていきました。
研修に参加したPocochaチームでは、UXリサーチをプロダクト開発プロセスに取り入れる必要性が明確になり、私自身もPocochaにジョインし、リサーチの強化に取り組むことになりました。 DeNAの主力事業領域、ライブストリーミング事業の1つであるPocochaにおいて、UXリサーチの必要性が浸透し、体制も拡充してリサーチの強化に踏み込めていることは、ひとつの成果と言えると思います。(もちろん、ここからしっかりと事業成果に繋げていきたいと思います。)
他にも、研修に参加したCSチームでは、顧客理解を深めるためのリサーチプロジェクトが進行しています。
ロードマップを定め、地道に実績を積み上げ、仲間を増やし、さらに実績を積み上げ、影響範囲を拡大する...というサイクルが、ボトムアップで回り始めているのが現在です。
地道に、でも着実にサイクルを回していくことで、今後は以下の状態を目指していきたいと思います。
仮説の検証サイクルがあらゆるプロダクトの、あらゆるサイクルにおいて行われている
定量だけでなく定性的リサーチの有効性も認知されている
プロダクト開発に関わるメンバーが自らリサーチを実施できている(Not リサーチャーだけがリサーチを実施)
それを専門性を持ったメンバーがレバレッジを掛けながらサポートできている
UXリサーチ・UXデザインの手法は、誰かに喜んでもらうプロダクトを生み出すための方法の1つでしかありません。目的を達成できるのであればアプローチは何だっていいはずです。
UXデザイナーという肩書きで活動していますが、手法の正しさだけに目を向け、「UX警察」のように振る舞ってしまうと、周囲から敬遠されてしまいます。
開発の中心にいる人達がリサーチを実施していて、ユーザー中心の目線を持ってプロダクト開発が回っている状態を目指したいと考えています。逆に、UXデザイン・リサーチの専門家であっても、自身の専門領域以外に必要なこと、貢献できることがないかという目線は忘れずに、事業成長にコミットしていきたいと思います。
また、DeNA全体でUXデザインの浸透を行い、事業成長確率を高めるというミッションに対してはまだ道半ばですが、必要としてくれている人が多くいることを日々実感しています。
「リサーチが大事なのに、理解してもらえない」と嘆くよりも、事業を伸ばそうと試行錯誤するメンバーと肩を並べ、困っている状況を一緒に打破し、結果を喜び合う。
小さな範囲からだとしても、リサーチを通じて課題を解決できた数や、そのインパクトを大きくしていくこと、それによって喜んでくれる人を増やしていくことが、何よりも重要だと考えています。