リクルートのデザインマネジメントユニットでは、事業におけるデザイン活用の課題構造をモデル化し、課題の特定と解消に取り組んでいます。
今回は『スタディサプリ小学講座』のリニューアルにおいて、リソース不足の課題をどのように突破したかを紹介したいと思います。
2023年9月、小学生向けオンライン学習サービス『スタディサプリ小学講座』をリニューアルしました。
リニューアルでは、より小学生の学習に適したプロダクトへ再構築しています。
デザインにおいては画面の刷新だけでなく、子どもたちの学習を支えるキャラクターの制作や、1000枚を超える学習教材としてのコンテンツスライド作成を、外部のクリエイターに協力を得ながら推進しました。
イラストや大量のコンテンツスライド制作など、必要なリソースをチームとして補う必要がある中で、どのようにリニューアルを実現したのか。具体的な課題や、突破した方法を紹介したいと思います。
これまでの『スタディサプリ小学講座』は、高校生向けのサービスを基に開発がされており、小学生にフィットする体験になっているとは言い切れませんでした。実際、ユーザーテストでも小学生がコンテンツに集中しきれていない様子が確認されていたのです。
こうした課題を受け、リニューアルプロジェクトが発足。まずはBizDevを中心に検証が進められ、その過程で私たちもコンテンツ形式のプロトタイプ検証に伴走しました。結果として、以下の調査結果が得られていました。
学友となるキャラクターの存在が、愛着や継続的な学習のモチベーションにつながる
インタラクティブなコンテンツ形式にすることで、学習が進みやすい
しかしデザインの面では、デザインディレクターが参画した時点で、サービスコンセプトを調査するために作成した企画案が存在するだけでした。
その時点では、調査用のビジュアルはありましたが、小学生向けの『スタディサプリ』の最適なデザインまでは検討されておらず、世界観やキャラクター、UIデザイン、コンテンツスライドなど、ほとんどのデザイン方針が定まっていない状態でした。
この企画案を基にプロダクトをつくり進める選択肢もありましたが、私たちは小学生が自ら楽しく学べる体験とは何か、デザインディレクターとして検討が必要だと考えました。
そこで、小学生低学年向け『スタディサプリ』は、どのような世界観やキャラクターが存在し、どのような学習体験を提供すべきなのかについて検討を開始しました。
しかし、このプロジェクトは一筋縄で進められるものではありませんでした。
キャラクターイラストに加え、1000枚を超えるコンテンツスライドを迅速かつ高品質に制作する必要があったものの、デザインディレクター内のリソースだけでは対応が難しく、外部のクリエイターとの協業が不可欠だったのです。
このような状況でプロジェクトを成功に導くには、初期の段階で小学生にとって理想的な学習体験を構成する要素を検証し、明らかにすることが重要でした。
ここからは実例を交えて、具体的な検討のプロセスをまとめたいと思います。
まずはじめに着手したことは、デザインコンセプトの設定です。これは、サービス全体の体験やあらゆるクリエイティブの指針となるものであり、『スタディサプリ小学講座』の提供価値を端的に示すものです。
考え方としては、『スタディサプリ小学講座』が目指す「子どもが自ら学び、その子に一番合った学習体験を提供」の実現を支えるものとして検討しています。
検討の土台として『スタディサプリ』のブランドをベースにしつつ、言語化~ムードボード作成し、デザイン検討では抽象と具体を行き来しながら検討を深めています。そして、そこから出てきたキーワードをベースに構築を進めました。
さらに、このデザインコンセプトをもとに、サービス全体の世界観の構築と検証を行いました。
小学校低学年の子どもが一人で学習を続けるのは難しいものです。そのため、子どもが能動的に学べるよう、例えば非日常的な宇宙をテーマにするのか、ロールプレイングゲームのような冒険をテーマにするのかなど、いくつかの方向性を検討しました。
具体的には、まずデザインディレクター内でムードボードを作成し、世界観の方向性を整理。その上で、それぞれのビジュアル案を用意し、検証を進めていきました。
この段階で、小学生低学年の子どもや保護者の方を対象にインタビューを実施し、実際にビジュアル案を見てもらいながら方向性を絞り込んでいきました。その結果、以下の要素を踏まえた世界観をビジュアライズすると良いということが明らかになりました。
世界観を定めた後は、それらをベースにあらゆるクリエイティブへと展開していきました。
その一つが、子どもの学習に寄り添い、サポートするキャラクターです。『スタディサプリ小学講座』において、どのようなキャラクターが最適なのかを検証しながら、制作を進めていきました。そのプロセスは大きく分けて以下となります。
キャラクター要件の検証
イラストレーターとの協業による制作
まずはコンテンツグループ(コンテンツ企画を主導するチーム)と協力しながら、キャラクターの要件を設計しました。具体的には、「親しみやすく、伸びしろが多い主人公」「勉強が得意なサブキャラ」「学びを導く先生役」という3つの役割を設定し、それぞれのキャラクターが学習体験の中でどのように機能するかを整理しました。
その上で、子どもたちは動物キャラクターに愛着を持ちやすいことが明らかになっていたため、各役割に最適な動物を検討。子どもたちへの定性調査やアンケート調査を通じて検討を重ねた結果、主人公には犬、サブキャラクターにはペンギン、先生役には白くまを採用しました。
キャラクターの要件を定めたあとは、外部のイラストレーターと協業しながらイラスト制作を推進していきました。
これまで検討してきたデザインコンセプトや世界観を元に、依頼するイラストレーターの方を選定しています。こちらも定性調査のほか、『スタディサプリ』のブランドとして適切か、子どもたちから好かれるかなど、いくつかの観点を元に候補を決定し、イラストの依頼を行いました。
イラスト制作にあたっては、まず主人公キャラクターのデザインを中心に固めていきました。キャラクターの性格や登場シーンなど、より詳細な要件を共有しつつも、イラストレーターの方が創造性を発揮できるよう、余白を持たせた形で依頼を行っています。
その後、数パターンのラフを制作いただき、実際に子どもたちを対象に印象調査を実施。そのフィードバックをもとに、デザインのブラッシュアップを重ねていきました。
主人公キャラクターが固まった後は、それを基にサブキャラクターや先生役のデザインを進め、全体の世界観に統一感を持たせながら完成度を高めていきました。
その結果、白くまの「ささくま先生」、犬の「きくまる」、ペンギンの「まかろに」というキャラクターが誕生しました。
『スタディサプリ小学講座』では学習科目ごとにコンテンツがあり、制作すべきコンテンツスライド量も膨大です。全体としては1000枚を超える量となるため、外部の協力会社との協業が必須でした。
その中で、コンテンツスライドにおける要件の検証やQCDの担保を推進していきました。そのプロセスは大きく分けて以下となります。
最適な学習体験をプロトタイプで検証
デザインガイドラインの作成
大量制作に向けたテスト制作実施とガイドラインの更新
コンテンツスライドの制作を進めるにあたって、まずは子どもたちとって最適な学習体験についてプロトタイプ検証を通じて明らかにしてきました。
学習内容が同じでも、プロダクト上での体験の設計にはさまざまな選択肢(例えば、動画形式の授業、紙芝居のようなスライド形式など)があります。その中で、『スタディサプリ小学講座』において最適なアプローチを見極める必要がありました。
実際のプロトタイプ検証では、α版、β版といったように段階的に完成度を高めていきました。
その後、前述のデザインコンセプトや世界観と照らし合わせながら、デザインガイドラインを作成していきました。
ガイドライン作成にあたっては、色やフォントの指定はもちろん、図形やイラストの使い方、吹き出しの活用方法、解説を挿入する際のデザイン処理など、細部に至るまで丁寧に設計しています。
また、Figma上で制作・レビューが一貫して行える環境を整備し、可能な限りコンポーネント化を進めることで、大量の制作が発生してもクオリティを維持できることを目指しました。
また、実際に外部の協力会社と制作を進めるにあたり、このガイドラインを基にレクチャー会を開催し、レビューの際にもガイドラインを参照しながらコミュニケーションを行っていました。
制作が進行する中で、定期的にレビューを行いながら、品質が不足する場面があれば適宜クオリティ向上のための調整を行っていきました。
具体的には、子どもがより学習しやすいようにフォントサイズやボタンの配置を見直したり、飽きずに取り組めるよう楽しげな演出を加えたりと、細かな改善を積み重ねました。
また、学習カリキュラムの観点から新たに必要となるレイアウトが出てきた際も、都度対応するのではなく、できる限りこの段階で洗い出し、ガイドラインを更新。これにより、大量制作フェーズに入った際も一貫したクオリティを維持できるように備えました。
結果として、1000枚以上におよぶコンテンツスライドを、QCDを維持した状態でつくりあげることができました。
このようなプロセスを経て、2023年9月に『スタディサプリ小学講座』のリニューアルを公開することができました。
子ども自ら楽しく学べる体験を目指して仮説検証を繰り返し、外部のクリエイターを巻き込んでプロダクトを磨き上げたことで、リニューアル後には多くのユーザーに受け入れられ、高い学習継続率を維持することにも成功しています。
このような結果が評価され、2024年度グッドデザイン賞を受賞することもできました。
今回のプロジェクトでは、デザインディレクター内のリソースやスキルだけでは対応が難しく、外部クリエイターとの協業が不可欠でした。その中で、子どもたちにとって理想的な学習体験を生み出すための検証を繰り返し、外部クリエイター協力を得ながら、リニューアルを実現できたことが大きな成果だったと考えています。
プロダクト体験に責任を持ち、精度の高い仮説検証を回しながら、その過程で必要なリソースやスキルを柔軟に補い、成果へと結びつけていく。このようなアプローチは、リクルートのデザインマネジメントにおいて重要な役割の一つだと考えています。
事業状況に応じて、デザインマネジメントにおける課題はさまざまです。リクルートには多くの事業領域があり、各領域の課題に合わせ、デザイン活用のサイクルに沿ったデザインマネジメントが行われています。
ぜひ、他の事例もご覧いただき、組織や事業状況に合った事例を活用してもらえると嬉しいです。