昨年夏頃に、SmartHRのグループ会社であるBackyard(現在はBYARD)・Smart相談室・AIR VISAのロゴ制作(VI設計)を行いました。
今回は、創業まもない3社のロゴをインハウスで手がけたことを振り返りながら、「創業期や立ち上げ期のロゴづくりって全然すんなりとはいかないよ」という話をまとめてみようと思います。
スタートアップや、一人デザイナーの方々など「カオスな状況で、アイデンティティをつくる場」にいる方に届くと嬉しいです。
SmartHRコミュニケーションデザイングループでデザイナーをしていますmeraponです(後述しますが2022年7月より異動になりました)。普段はグラフィックデザインを中心に、それに伴うアートディレクションなどをしていることが多いです。
オンラインで実施している全社会議「SKJ」の配信の裏側や考えていることを最近まとめました。
2021年の8月ごろ、SmartHRのグループ会社の一つである“Backyard”(現在の社名はBYARD)のロゴデザインについて相談されました。
当時はSmarHR本体とグループ会社がコミュニケーションデザイン面でどのように関わっていくのかまだほとんど決まっていない状態で、そのため依頼のフローなども未整備ではありましたが、できることがあるならと私がロゴデザインを担当することに。
また、同時期に別のグループ会社“Smart相談室”、“AIR VISA”でもロゴ(VI)開発のニーズがあり、かくして3社のロゴ制作/リニューアルを私が担うことになりました。
まずは経理や労務などバックオフィスのための「業務設計プラットフォーム」サービス“Backyard”(現:“BYARD”)のロゴデザイン。
まずはサービスのコンセプトや提供する価値などをヒアリングするところから〜と思っていましたが、ウェブサイト公開までのスケジュールから逆算するとロゴは3日以内に必要であることが判明。大ピンチです。
とにかく何か形にしやすい、かつブランドのコアを表すキーワードは得られないかと焦る中で、代表の武内さんから「Backyardってドーナツの穴みたいな存在」「ドーナツをドーナツたらしめるのはその『穴』の存在であるように、これまで誰も見てこなかったけど、組織の重要な部分を埋められるサービスにしたい」というような言葉が出てきました。
2日間という制作期間でしたが展開しやすそうなアイデアは得られたので、そこから急いでラフスケッチに。
翌日には清書をして以下のようなロゴに落とし込みました。
「ドーナツの穴のような存在」からヒントを得て、無秩序な状態にBackyard(現:BYARD)が秩序をもたらすことを示すためにBackyardの“B”のネガティブスペース(アルファベット“B”の『穴』にあたる部分)をアイデンティティにしています。
名刺もシンボルの形を活かしたものに。
代表の武内さんからも「このロゴならこんなUIが考えられるね」などと自然とアイデアが出てきたことも嬉しかったポイントの一つです。
短い制作期間にもかかわらず、代表含めメンバーの想いが乗ったものになってよかったです。
…と思ったのも束の間、商標の関係でもともとの社名兼サービス名だったBackyardを変更しなければならないことが判明。大ピンチです。当然ロゴも一新することになりますが、まずは「サービス名を変更する」という緊急事態を何とかするため単身BackyardのSlackに乗り込みブレストを続けました。
ゼロベースで全く新しい案もいくつか出ましたが、「もともとのコンセプトは変わらない」ことと「Backyardのロゴ(アイデンティティ)が気に入っている」というメンバーの総意のもと、「Backyard」を略した『BYARD』に決定。
元のロゴを数学的な秩序を意識して設計していたため、文字列を変えてもデザインの芯がブレずに維持できたのは幸いでした。
次に担当した、オンラインカウンセリングサービスを提供する“Smart相談室”は、「ロゴはないがサービスのLPが先につくられていた(!)」状態でした。
また、Smart相談室という名前に関しても「SmartHRのグループ会社であること」以外の明白な意味を持たせられていなかったのが率直な状態でした。
そのため、代表の藤田さんをはじめ、Smart相談室のメンバーを巻き込んでコンセプトや意味を組み立てていくことに。
Smart相談室の「相談」から連想ゲームのように関連する言葉を発散しながら、一番創業者たちの想いが乗る言葉や意味を探していきます。
アプリ化も検討していたため、シンボルに落とすことを念頭に、さらに連想をしていきます。
こうしてモチーフを決め、シンボルに落とし込んでいきます。
マーケティング活動で得られるシナジーの観点からSmartHRのロゴやルックに寄せていきたいという意見もありましたが、ロゴ・VI開発においては「そのサービスの本質をいかに表現するか」が大切であることをお伝えしつつ、最終的に既存のサイトの方向性とは異なる方向性に決まりました。
既存のサイトとのルックの整合性は取れなくなってしまいましたが(汗)、プロダクトサイトのデザインは未着手で徐々にロゴに合わせていける余地があったため、多少無理な方向転換も可能かなという判断でした。
企業向けに外国人在留資格(VISA)申請をクラウドで完結させるサービス“AIR VISA”創業者のジャファーさんから、日本に住む外国人の方がどれだけ大変な手続きに追われているのか聞いた時には「そんな非合理が放って置かれているのか」と(自分が韓国籍であったこともあり)感情を動かされ、既存の体制や制度に対して一緒にパンチを入れていきたい気持ちになりました。
ロゴをつくるにあたって、一番最初にムードボードに貼った画像がこちら。
この画像は景気付けに貼った訳ではなく、自分なりに感じたAIR VISAのムードから頭に浮かんだものでジャファーさんからも共感を得られたため、その後のロゴ制作のヒントになりました。
AIR VISAの場合、サービス名について(イメージ、字面、音など気持ちよさドリブンではありましたが)『「マイノリティのための手続き」「忘れられがちでアナログ」そんな領域を、気持ちよく、軽い感じで、かんたんに』というコンセプトがあったため、今度はそれをロゴで表現するにあたって分解・再構築するところからはじめました。
AIR VISAが上記のような大きな課題に向かうスタートアップであるため、AIRを、空気のような軽さで簡単なもの、空を飛ぶようなハイパフォーマンス、チャレンジの象徴として定義してみました。
シンボルは、AIR VISAの「A」と「V」のモノグラムに、幾何学的アラベスク、「日本にまつわるものである」ことと、先程の“AIRらしさ”で意味づけしました。
もう一つAIR VISAのロゴ作りで意識したのは、意匠として「カッコイイ」ものにするということでした。サービスに触れる人がそれを誇れるような、ロゴ入りTシャツを着たくなるような、そんな意匠を目指しました。
それは創業者であるジャファーさんの「カッコイイやつがいい」という気持ちから端を発したものでしたが、AIR VISAの持つムードには欠かせない要素だったと思います。
3社とも、決まっていること・いないこと、会社の状況、創業者の性質、本当にそれぞれ違っていて、共通していたのは「創業期で、未整備なことだらけで、これから何もかもが変わる可能性があること」だけでした。新しいものを1からつくっていく楽しさと、まだ何もないところからつくりあげる難しさを両方感じます。
「SmartHRのグループ会社だから、色々仕組みも整ってるんですか?」とたまに聞かれることもありますが、そんなこと全然ないのです(実際に2日で作ったロゴもありましたし...)。
こうして、3社のロゴをつくらせていただいたのですが、振り返ってみて強く意識していたことは、「創業という人生を賭けたチャレンジに恥じないロゴづくり」でした。
スタートアップや起業は、船出に例えられることがありますが、航海の中で多くの困難にぶつかり、先が見えなくなることも多々あるかと思います。
そんな嵐のような状況の中で、ふと自分の船に掲げられた旗(ロゴ)を見た時に、その心を奮い立たせてくれるような存在が創業期のロゴなんじゃないかと思っています。
創業期はたくさんピボット(事業内容の変化)をするでしょうし、世の中に受け入れられる確証がないからこそ、ロゴは「創業者に向けて、自信を持って航海ができるようにする贐(プレゼント)」のようなものになることを願って制作しました。
ロゴには、一貫性の担保のしやすさや造形の美しさなどさまざまな視点がありますが、スタートアップ創業期のロゴ作りにおいてはシンプルに「創業者/創業チームがそれを好きになってくれるか」という観点も大事にしました。デザインしたロゴに対して、創業者やメンバーが盛り上がってくれて嬉しかったです。
今回ほぼ同時期にグループ会社3社のロゴを作ることになりましたが、3社それぞれ状況も進め方もまるで違い、「綺麗な、教科書的な進め方」通りに作れたロゴは一つもありませんでした。
苦難も多い一方で、インハウスでロゴをつくる、アイデンティティをつくることの魅力と言えば、創業者たちと膝を突き合わせて、人生を賭けたチャレンジに伴走できることかもしれません。
今年の7月から、私はコミュニケーションデザイングループから飛び出して、COO直下『グループカンパニーマーケティングユニット』という、SmartHRグループ会社のマーケティングとコミュニケーションデザイン周りの活動にコミットするユニットに異動になります。
これまで以上に身近なところで併走しながら、それぞれのグループ会社/サービスの「らしさ」を育てていくつもりです。
「SmartHRグループ」という単位でコミュニケーションデザインしていくために、ちょっと行ってきます