リクルートのデザインディレクターは、大きく「デザインドリブンで事業を変革」「ユーザーへの提供価値最大化」「事業にあったデザインコンサルティング」という3種類の役割を担っています。ここでは、『リクルートダイレクトスカウト』のリニューアルプロジェクトを事例に、「デザインドリブンで事業を変革」する役割について、具体的に紹介したいと思います。
※ デザインマネジメントについては、こちらに詳細にまとまっているので、併せて御覧ください。
2023年12月4日に行われた会員制転職スカウトサービス『リクルートダイレクトスカウト』のリニューアルは、10年近く運営されてきたサービスの全面刷新であり、最終的に200名以上が関わることとなった、大型リニューアルプロジェクトです。
約2年に渡るプロジェクトは、コアとなる価値検証とMVP開発をSTEP1、サービス全体を作り替える工程をSTEP2に分け、今回私たちデザインディレクターはSTEP1の最上流の工程から、軸となるビジョンを描き、様々なステークホルダーを巻き込みながら、価値検証を進めていきました。
今回は、リニューアルプロジェクトにおける最上流工程において、デザインがどのような価値貢献を発揮したのかについてご紹介したいと思います。
リクルートダイレクトスカウトは、レジュメを登録すると企業や転職エージェントからスカウトを受け取ることができる会員制サービスです。今回のリニューアルでは、サービスの全面的な刷新に加え、新機能やAIなどの技術導入を進め、求職者と企業の両方のニーズにマッチしたサービスへ生まれ変わりました。
一般的にダイレクトスカウト型のサービスは、転職意欲の高さや緊急度にかかわらずさまざまな方にお使いいただき、転職機会がより身近になったという声が届く一方で、求職者と企業の相互マッチングや、転職に向けた準備コストなどの面で、業界を通してさまざまな課題や不が生まれていました。
これらの課題や業界の不に対し、『リクルートダイレクトスカウト』では今回のリニューアルを通して、「求職者と企業それぞれの希望に合ったスカウトが届く」「スカウトから始まる求職者と企業の相互理解のコミュニケーションを後押しする」の2点を、抜本的に改善するサービスの刷新に取り組みました。
また、サービスの刷新においては、素早く、確実に新しいサービス価値を実現し、これまでのサービス規模に遜色のないレベルまで一気にグロースする必要がありました。ここからは、デザインディレクターとしてプロジェクトにおけるこれらの課題を解決するために取り組んだ、以下の2点について詳細にまとめます。
HRサービス全体としてのビジョンを描く
仮説の精度を高めるMVP検証
リニューアルにおける全体の指針を作るために、ダイレクトスカウト領域に限らず、リクルートが提供するHRサービス全体としてどのような体験を作っていくべきかを、プロダクトオーナー、PdM、エンジニアと会話し、整理していきました。
ファーストステップとしてこのような整理を行った理由は以下です。
リクルートではダイレクトスカウトに限らず、転職など様々なHR領域のサービスを持っている。これらの体験や提供価値は、個別に定義されるのではなく、就労体験全体としてデザインされる必要がある
様々な観点を統合し、HRサービス全体のビジョンとして描くことは、デザインが最も価値を発揮できる機会の一つだった
さらにプロジェクトの最初期において、理想の価値を明確にすることで、体制が大きくなったとしても共通の価値軸を持ってリニューアルに取り組めると考えた
このような背景を基に、「HR Future」と私たちでは呼んでいる内部的な活動を通して、転職活動における理想の体験の一つを、PdMや開発のメンバーを交えながら素早くプロトタイプしていきました。
また、転職における理想の体験をプロトタイプしながら、業界的なトレンドや、様々なサービスの体験をリサーチし、リクルートダイレクトスカウトにおける体験の核がどこにあるのかを、事業責任者やPdM、エンジニアと議論しながら整理していきました。 結果的に、ダイレクトスカウト型のサービスで生じている課題を解決するには、今まで「検索」が中心だったマッチング体験をAIを活用した「レコメンド」に置き換えていくことが重要だと定義しました。
これらをベースに、今回のリニューアルにおいては、職務経歴書の圧倒的に簡単な作成支援機能や、AIを活用したマッチング精度の向上が鍵となると考え、具体的な機能のプロトタイプを進めていきました。
また、この段階ではデザインマネジメントのメンバーとブランド部署所属のアートディレクターと、リクルートダイレクトスカウトとして目指す姿をブランドビジョンとして可視化し、チームでの共通認識としました。
リニューアルを通してサービスが目指す先を明確にすることで、関わる数多くのメンバーが同じ視座で動けるようにし、リニューアル以降も軸をぶらさず開発に臨めるようにすることを意図しています。
さらに、描いた理想に対して「本当に価値がある機能か」「リソースをかけて実現すべき機能か」といった点を確認するため、デザインディレクターもPdMと一緒に検証項目の設定、MVPの設計、インタビューによるインサイト抽出などを推進しました。
リニューアルの柱となる各機能で検証すべき点も異なるため、チームに向けて場面ごとの適切な検証方法をインストールしながら、検証プロセスを進めていきました。
ここからは、リクルートダイレクトスカウトにおける具体的な例をまとめます。
レジュメ機能では、今までの職務経歴書作成における下記の課題を、質問に回答するだけで簡単に作成できるようにすることで、「転職活動プロセスの圧倒的な短縮」「マッチング精度の劇的な向上」を目指していました。
大量の項目や、長文でのテキスト入力が大変
経歴書自体どう書けば良いか分からない人が多い
書き方が人によるため、企業側のニーズにマッチしているか判断しづらい
検証を行う際には、質問に回答して職務経歴書をつくるという体験がユーザーに受け入れられるか、提示された質問・スキルや経験が自分にあったものだと感じられるかが、重要なポイントとなりました。
この場合、Figma等で作ったプロトタイプを触ってもらうだけでは、ユーザー毎のキーワードの出し分けが難しく、検証の精度が低くなってしまいます。
そこで、1200以上の職業に関連するキーワードを登録したデータベースと、実際に動くプロトタイプを実装し、他部署の方や社内のキャリアアドバイザー数十名に加え、数社の企業に実験的にご利用いただく形式で検証を行いました。
レジュメの作成時間はこの機能の導入前後で半分ほどに短縮され、書類合格率も高まるという効果が得られ、リリースに向けた本実装を進めていきました。
AI分析によるマッチング機能は、企業側が採用候補者にアプローチする体験を「検索」から「レコメンド」にすることで、適切な候補者が見つかるまでのスピードの劇的な向上を目指した機能です。
検証を行う際には、AIによる候補者レコメンドの精度や、適切な候補者が見つかるまでの時間が短縮されるかが重要なポイントとなります。
こちらもレジュメ機能と同じく、Figma等でのプロトタイプでの検証では精度が保証できないため、エンジニアチームが1ヶ月ほどでMVPを実装し、クライアントに使ってもらいながら「候補者10人が見つかるまでの時間」を指標として検証を行いました。
結果的に、目標とする時間の約半分で候補者探しを完了できることが分かり、「人材要件に合致しない候補者が居なかった」といった好反応も得られました。
今回のリニューアルでは、サービス全体のUIの刷新も実施しています。
長らく使われてきたサービスのUI刷新となること、レジュメ機能などの新機能も追加されることを踏まえて、より良いユーザビリティを提供できるかどうかも重要なポイントでした。
サービス全体のユーザビリティを素早く改善しながら検証できるよう、Figmaで制作したプロトタイプをユーザーテスト用のサービスに連携し、約40名のテスターに対してユーザビリティテストを実施しました。
また、その様子はデザイナーだけでなく、できるだけ他メンバーにも見てもらえるように参加を呼びかけました。その理由は以下の2つです。
1人では観測できる範囲が限られるため、複数人に見てもらう方が課題に気づきやすい
リサーチ手法をプロジェクトチームに浸透させるため
ユーザビリティテストで得られた結果は、操作性・機能性・概念の分かりやすさなど、いくつかの課題に分類し、インサイトを抽出したうえでUIの改善に繋げていきました。
このようにデザインディレクターが最上流から携わり、サービスとしてのビジョン設計や仮説検証プロセスの推進、UIデザインからブランドガイドライン設計まで幅広く担当するなかで、リクルートダイレクトスカウトのリニューアルを実施することができました。
初期からデザイン職能が積極的にプロジェクト推進に関わったことで、以下のような効果が得られており、リニューアルにおける価値の最大化に貢献できたのではないかと感じています。
初期段階でHRサービスとしてのビジョンを描いたことで、最終的に約200名が携わる大規模開発において、軸を持った意思決定がしやすくなった
デザイナーも検証ポイントの設定に関わることで、精度高くスピード感のある仮説検証が可能となった
初期からMVP検証に参画し、新機能や使いやすさなど定性色が強い「プロジェクト発足時に目指していた価値」を提供できた
さらに、セールスやマーケティングメンバーからも、軸となるブランドビジョンが可視化されていることで顧客説明や対外説明において、共感してもらいやすくなったとの声もいただいています。
このような大規模なプロジェクトの中でも、長期的な価値提供の目線をビジョンとして持ちながら、徹底的に一次情報を収集し、課題設定と価値検証を高速で精度高く回していくことは、リクルートならではの文化であり、また、デザインディレクターとして果たすべき重要な役割だと感じています。 これからも、リクルートのデザインマネジメントが掲げる「動かすデザイン」を体現していけるよう、取り組んで行きますので、今後にご期待ください。