デザインイノベーターカンパニーgood Inc.では、事業の中でクリエイティブを扱える人を増やすために、ビジネスパーソンとクリエイターが集まり「事業の中でのクリエイティブの扱いどころ」を実感するためのワークショップ「THINKING」を運営しています。
このプロジェクトは、デザイン活用を進めたい企業に「クリエイティブの扱いどころを理解しているビジネスパーソン」を増やしていくための取り組みです。
good Inc.、武蔵野美術大学 Co-Creation Space Maで連携しながらすでに数社に研修プログラムとしてTHINKINGの提供をはじめています。ここまでの検証内容やプログラムの概要を公開することで、同じような課題に向き合う組織のヒントになればと思い、事例としてまとめます。
good Inc.は、みずほ銀行、薬王堂など、さまざまな企業の中にデザインイノベーターとして参画し、事業や組織の成長をチームの一員としてつくってきました。
いくつもの企業を支援する中で、私たちは「クリエイティブプロセスを主導できるビジネスパーソン」が社内にいればいるほど、うまくコラボレーションを進められることに気付きました。
例えばみずほ銀行では、元々プロダクトマネージャーだった佐竹さんがデザイン組織を立ち上げ、行内からデザインへの期待を引き出し、具体的なプロジェクトの推進やディレクションを行うことでデザイナーが力を発揮しやすくなった過去があります。
また東北最大手のドラッグストアの薬王堂では、副社長の西郷さんやマーケター社員がフルコミットで内製開発組織の立ち上げをしています。このようにデザイナーだけでなく多くの関係者がクリエイティブプロセスを主体的に扱う状態になることで、推進力が生まれ、デザイン活用がより早く大きく進んでいくことが事例としてわかっています。
規模の大きなクリエイティブは、そもそもデザイナー1人だけではつくれません。「ここでこのようなデザインアプローチを取ると、こういう結果につながる」という判断をチーム全員で行い、クリエイティブに落とし込む部分も分担しながらつくっていくのが理想的な進め方です。
一方で、事業におけるデザインやクリエイティブの使いどころを実感を持って理解できている人は、市場全体にほとんど存在していません。(だからこそ、事業とデザインを接続できる私たちのようなパートナーが求められる側面もあるのですが。)
そして、私たちがチームに入り込んでパートナーとして動いたり、開発組織の構築を進める、といったことだけではこの構造は変えられません。
そこで「クリエイティブプロセスを主導できる社員が増える」を目的としたサービスを提供できないか?ということを考え始めました。
「事業の中でのクリエイティブの扱い方」を実感を持って語れる人が世の中に少ないのは、ビジネスパーソンとクリエイターの関わりが薄いことが影響していると考えています。
まず、クリエイティブの価値を実感したことのあるビジネスパーソンの少なさは課題の一つでしょう。
例えば、企画や事業開発などの職種の方で「複雑な問題を解決するためにはクリエイティブな発想が大事である」という話に疑いを持つ人は、ほとんどいないはずです。
ただ、本当にクリエイティブを使って複雑な問題を解決した経験を持つ人はかなり少ないはずです。なので「クリエイティブが大事なのは分かっているけど、どのような場面で使えば良いかはわからない」という人が多いのが実態です。こうなると、クリエイティブが大事だと言いつつ、結局は自分の経験則や分かりやすいビジネスフレームワークだけで思考してしまいます。
さらに、事業的な会話をリードした経験を持つクリエイターの少なさも、大きな課題です。
本来は複雑な問題をシンプルに紐解き、自身の原体験やユーザーの視点で適切な解決策に収束する力を持つはずのクリエイターですが、社内にも彼らが本来できることが伝わっていないのでビジネスの議論に呼ばれることは少ないのが実態です。(つくる人というのは伝わっているので、制作の現場でようやく呼ばれることが多いのではないでしょうか。)
なので、クリエイター側も「自分たちの力が、ビジネスの現場でどう活用できるのかはわからない」という状態にあることが多いです。こうなると、依頼待ちのような構図になってしまい、クリエイティブから事業を動かすことはできません。
つまり、みんな「クリエイティブは大事だよね」と思っていつつも、ビジネスの現場でどうクリエイティブを扱っていけば良いかは誰も実感を持って語れないので “引っ張る人不在” になっているのが、事業会社の中のクリエイティブを取り巻く構造です。
だからこそ私たちは「ビジネスパーソンとクリエイターの相互理解の場」を用意しなければいけないと考えています。
業務外で、半強制的に、お互いがフラットな立場で対話をしていく機会をつくり「クリエイティブをこのように扱えば価値が生まれる」という実感を持った人が少しずつ増えていくことで、いずれ組織全体で考え方やフローが変わっていくはずです。
そこで開催しているのが、ビジネスパーソンとクリエイターが対話を通して相互理解を進めるワークショップ「THINKING」です。
毎回、美大生などのクリエイターと、社内にデザインを扱える人材を増やしたい企業のビジネスパーソンを一つの場に集め、3〜6時間程度のスパンで複雑な問題をテーマに創造的な対話をしてもらいます。
- 新しい身体感覚を手に入れた時の生活様式は?
- 人が移動しなくてもつながれる時代にあえて移動する理由は?
など、あえてビジネス的な発想だけでは答えづらい問いを用意し、クリエイターもビジネスパーソンも対等に話していくことで、お互いの考え方の特徴や得意な部分を理解し「クリエイティブをこのように扱えば良いのか」という学びを得ることを目的としています。
クリエイターは、まずは私の出身でもある武蔵野美術大学の美大生 (油絵専攻などファインアート系の方たち) を巻き込みました。
普段から答えのない問いに対して向き合い、一つのものに落とし込む思考を繰り返しているアート系の学生に触れることで、ビジネスパーソンとしても大きな刺激を得られるだろうと考えたためです。また、美大生が自分の力の活かし方を知れるきっかけにもなればと思っています。
ビジネスパーソン側としては、最初は小さく実証実験を開始し、その後はみずほ銀行、TIS、ホンダ技研工業などに展開。プログラム提供を繰り返しながら、より実務的な課題解決につながる内容へとブラッシュアップをしてきました。
THINKINGのプログラムは、3つのステップで構成されています。
THINK Warm-up... 自分の思考スタイルを認知する準備運動 (オンライン)
THINK Experiment... 対話を通して異なる価値観を理解し合うワークショップ (オフライン)
THINK Sprint... 実務に活かせるイメージをつけるための実践的なスプリント (オンライン)
というプログラムを通して「自分の思考スタイルを認知する」「異なる価値観を知る」「実務に活かすイメージを掴む」という一連の流れを体感してもらいます。
また、プログラムの最後には、THINK Cool-downというオフラインの場を置き、THINKINGを通した参加者の思考スタイルの変化について客観的なレポーティングを行います。
THINKINGは、THINK Warm-upという準備プログラムから始まります。
参加者全員にオンライン診断ドリルに回答してもらい、個々人がどのような思考を重視していて、どのような違和感を持っているのかをレポートとして可視化します。
この段階では「どういう思考スタイルだから良い/悪い」ということではなく、あくまで今の自分の思考スタイルを客観的に認知することを重視しています。
ここからのワークショップで自分と違う思考スタイルや価値観を持った人と関わるときに、自然と受け入れられるようにするための準備運動的な位置付けであり、THINKINGを通しての変化をレポーティングするための現状把握の役割でもあります。
THINK Warm-upで自分の思考スタイルを認知してもらった後に、ビジネスパーソンとクリエイターが一つの場所に集まり、対話を通して思考スタイルの違いや価値観を理解し合うためのワークショップ (THINK Experiment) を開催します。
ここでは両者が対等に話せるようにするために、普段の業務と遠く、ビジネス的な発想だけでは答えの出づらい少し抽象的なテーマをわざと設定します。
例えば、 「新しい身体感覚を手に入れた時の生活様式」「人が移動しなくてもつながれる時代に、あえて移動する理由は」「言葉だから伝わるもの、言葉では伝わらないもの」といったように、あえてビジネス的な話題に限定させず、少し先に来るであろう未来に向けて対話できるようなお題を用意しています。
これらのテーマに対して、2〜4時間の中で、チームでアイディアを書く、アイディアを書いた理由を話す、ディスカッションしながら磨く、発表する、という一連の流れを進めていきます。
お互いが対等に話せることが重要なので、以下のようなグランドルールを意識してプログラムを設計しています。
例えば、ビジネスパーソン (企画, コンサル職種)と、武蔵野美術大学の油絵専攻の学生を対象にした実施検証期のワークショップでは、「言葉だから伝わるもの、言葉では伝わらないもの」というテーマを設定しました。
アイスブレイクでまず相互理解を図り、その後、チームでアイディアを出しながら対話を進めてもらいます。
美大生と関わった経験がないコンサルや、ビジネスの現場の会話を知らない美大生が関わることで、良い化学反応が生まれていました。実際「今までにない新しい思考のステップを感じられた」「業務では思いつかない考え方を新鮮に感じた」と参加者から気付きが起こっていました。
対話の過程はホワイトボードに付箋形式で残され、最後に各チームのアウトプットを共有し、「なぜここはこう考えたのか?」と質問し合いながら、クリエイターはビジネスパーソン側の、ビジネスパーソンはクリエイター側の思考を読み解いていきます。
具体的なアウトプットを出すよりも、お互いにどのようなことを考えているのかを理解し、リスペクトができることをゴールにしています。
ここまでのプログラムでクリエイターの考え方や価値観を掴んでいき、その後に「より実務に活かせるイメージを掴む」部分までをスコープとして、数週間にわたる長期的な応用プログラム (THINK Sprint) を行います。
問いは実際の新規事業に近いテーマに寄せ、対話に加えて実際に手を動かしながらアウトプットをブラッシュアップしていく期間を設けることで、具体的に実務の中でどのようにクリエイターと共創していけば良いかイメージできる内容となっています。
まずはいつものようにTHINK Warm-up (自分の思考スタイルの認知) や、THINK Experiment (価値観理解) からスタートしています。「効率化の先に、人は何を無駄にしたくなるのか?」という答えの出づらい問いを設定し、チームで対話していきました。
その後、2週間の期間で、「AIと人が共に判断する未来をどうデザインするか?」というより実践的なお題に取り組むスプリントを設け、オンラインでチームごとに演習を進めていきました。
THINK Sprintでは、実業務に近い形での演習となるように「事業提案ピッチデッキ」をアウトプットしてもらうことをゴールにしています。
課題・ストーリーボード・ペーパープロトタイプ・ピッチ、、とアウトプットまでの進め方を示した上で、クリエイターとビジネスパーソンのチームで、オンラインmtgを繰り返しながらアウトプットをつくっていきます。
「そもそもの進め方がわからない」となってしまわないようにフレームワークは運営側で用意しておきます。
とはいえ、これらのフレームワークはビジネス的な発想だけでは埋めづらいものなので、ユーザーの心理を想像する・スケッチを行う・ペーパープロトタイプをつくる・ピッチ資料に落とし込む、など各所でクリエイターが対話をリードできるポイントが生まれます。
最終的に、2つのチームから以下のようなアウトプットが生まれました。2週間で、クリエイターとビジネスパーソンの間でうまく連携が起こり、ペーパープロトタイプ以上に実際にサービス化した場合の画面イメージなどまで整理できたチームもありました。
THINKINGを通して、クリエイターとビジネスパーソンの両方にとって、クリエイティブの扱い方に実感を持ち、考えが変わるきっかけが生まれています。
例えば、参加者からの声としても「問いから始まる対話によって創造性が刺激された」「自分たちの思考が枠に捕らわれていたことに気づかされた」「会話のデザインの仕方についての気づきがあった」「自分が学んできたクリエイティブは、社会とつながることができるのだと体感できた」などの新たな気付きが得られた感想を多くもらっています。
THINKINGでは、プログラム全体を通してどれだけ参加者の思考スタイルが変化したのかを個別レポーティングしていくTHINK Cool-downというプログラムを最後に行います。
ほとんどの場合に、「これまでの思考の強みが全体的に広がり成長する」か「これまではあまり重視されていなかった思考スタイルに大きく変化が起こる」という2つのパターンでの思考スタイル変化が起こっていて、THINKINGが固定化されたビジネスパーソンの発想を変えていくことにつながることが検証されつつあります。
この取り組みが広がっていった先には、あらゆるビジネスの現場で適切にクリエイティブが扱われるようになり、複雑な問題がいくつも解決されていく未来が待っています。
ビジネスパーソンとクリエイターの両者が「ビジネスの現場におけるクリエイティブの扱い方がわかっている状態」にしていくために、さらに両者のコラボレーション機会を増やしていく必要があります。THINKINGは、その解決策として大きなポテンシャルを秘めています。
good Inc.では、自分たちが事業の中に入り込みデザインイノベーターとしてプロジェクトを推進したり、理想的なものづくりのプロセスや組織体制を構築する活動をこれまでも続けてきました。
それらに加えて行い始めたTHINKINGは「社内にクリエイティブを扱える人を増やす」という3つ目のアプローチとなります。good Inc.が直接支援を行うことが大事なのではなく、あらゆる手段で企業内にデザインやクリエイティブを扱える人が増えていくことが重要だと考えています。
私たちのように、事業とデザイン・クリエイティブの接続に深く経験を持っている存在は市場全体でいうとかなり少ないはずです。私たちが実践を通して学習してきた「デザインによる事業の動かし方」をTHINKINGなどの方法でオープンにしていくことで、クリエイティブで事業を前に進められる組織をもっと増やしていければと思います。