通常、多くのビジネス・プロジェクトの現場では、プロジェクトの重要な意思決定や方向性を決めるためにステアリングコミッティ (*1) と呼ばれる会議で方針を定めています。
三菱UFJ銀行では、通常のステアリングコミッティとは別にCXデザイン室が主導し、リテール・デジタル領域 (主に個人のお客さま向け) のプロダクト開発フローにおいて、ユーザー体験を確認し、プロジェクトのGO/NoGOの判断をするための「UXコミッティ」という枠組みを始めています。
UXコミッティによって、開発に1年以上かかる大規模なプロジェクトでも、開発前にユーザー体験を確認することで、GO/NoGOの判断を確実に引き出せるようになっています。
また、プロジェクトメンバーもどのように検証を進めるとGO/NoGOの判断がしやすくなるのかが分かり、マネジメントとしても本格的に開発が始まる前に体験やユーザーが実際に体験する内容を確認できることで納得感を強められるようになりました。
UXコミッティは、「開発前に顧客体験を確かめられるようにする」ためのチェックポイントを設ける仕組みです。
なぜ銀行組織にこのような顧客視点のチェックポイントが必要だと考えて、どのように仕組みをつくったのか。同じように大規模な組織で顧客体験設計の浸透に取り組む方が1歩目のアプローチの参考にできるように、ここまでの試行錯誤をまとめます。
三菱UFJ銀行では、大規模な施策がいくつも並行して進んでいきます。一つひとつの施策は影響範囲も大きく、開発に長期間かかることも多いです。例えば、企画開始からリリースまで数年かかるプロジェクトも存在します。
もし企画段階でユーザー視点が十分に考慮されていなければ、1年以上かけて開発したにもかかわらず、リリース後に利用されず、さらに数年かけて企画・開発が必要になる可能性があります。
そのため、企画段階からユーザー体験を捉えることが極めて重要です。
三菱UFJ銀行ではこれまでも企画の際にユーザー体験を考慮していましたが、仮説を実際のユーザーで検証するところまで徹底できていないケースもありました。
さらに、大規模施策では複数部署やグループ企業をまたぐため、多様なステークホルダーの合意形成も必要です。
しかし従来は、企画段階ではユーザー体験を十分に確認できず、マネジメントがユーザー体験を確認できるようになった開発段階でレビューをしても、もう変更が難しいということもありました。
そこで、開発前にプロトタイプを作成し、体験を可視化・検証して判断できる状態にすることで、”ビジネス観点” と “ユーザー観点” の両方から、「この企画は確実に進めてよい」と合意しやすくする仕組みの構築を目指しました。
そこでCXデザイン室が取り組み始めたのが「UXコミッティ」です。
UXコミッティは、大規模なプロジェクトが企画から開発に進んでいくタイミングでマネジメントから担当までのプロジェクトメンバーで、利用者の視点に立ってソリューションを確認し、GO/NoGOの判断をするためのチェックポイントとして位置付けています。
UXコミッティは「1. 対象プロジェクトの選定」「2. 体験の可視化・顧客に確認」「3. 自分たちも触って確認」「4. GO/NoGoの判断」というステップで進んでいきます。ここからは具体的にUXコミッティの一つひとつのプロセスについてまとめます。
まず、企画段階からGO/NoGOの判断へと進んでいこうとしているプロジェクトにおいて、特にソリューションの検証を強めた方が良いものをUXコミッティの対象として選んでいきます。
現状ではすべてのプロジェクトを対象にすることはしておらず、新規性や影響範囲から不確実性が高い大規模なプロジェクトを対象として、UXコミッティでソリューションの検証を進めています。
また、UXコミッティでの意思決定項目をプロジェクト推進者にも伝えて、「この項目を磨いていけばうまくGO/NoGoの判断に繋げられるのか」と理解してもらいます。
例えば、2025年秋には、リテール・デジタル事業本部の中期経営計画における最大規模のプロジェクトを対象としてUXコミッティを開催しました。
このプロジェクトは、既存のサービスや他社との連携・新規のシステム設計など広い範囲に影響があり、リテール・デジタル領域としても新規性の高い取り組みでした。不確実性が高いためユーザー体験の検証が必須でしたが、開発着手のタイミングも近づいており検証を失敗できない状況になっていました。
そこで、プロジェクト推進者の方と話し合い、「UXコミッティを活用することで、ソリューションに確実に合意できるようにしたい」ということでUXコミッティの実施を決めています。
対象プロジェクトを選定した後は、現在のソリューションを直接顧客に確認しにいきますが、同時にプロトタイプとして体験の可視化の磨きこみも行います。
前述のプロジェクトでは、このプロセスにCXデザイン室のデザイナーが参画し、プロジェクトメンバーとともに検証を推進していきました。ソリューション案のプロトタイピング、ユーザーテストなどを行い、ユーザー体験上の課題を検証しています。
ユーザーテストでは、 あらかじめ決めておいた主要体験が実際に三菱UFJ銀行の顧客に対して、使いやすくわかりやすいものになっているかの検証を行いました。
その後、UXコミッティ当日に納得感を持って開発が意思決定できるように、ここで得られたユーザーの課題感やフィードバック内容やソリューションとして改善できる部分についても事前に資料にまとめておきます。
次に、社内でもソリューションの体験をユーザー視点で自分たちでも触って確認します。
特に今回実施のプロジェクトにおいては、CXデザイン室という組織が発足して間もないこともあり、CXデザイン室の活動に対する理解を高めていただくことも狙いとして、マネジメントを巻き込んで確認していくようにしました。
前述のユーザーテストにマネジメントにも現地参加してもらい、インタビューの様子をミラールームから観察してもらって、実際にユーザーがプロダクトを触っている様子を見たり、どんなことを考えているのかを聞いてもらっています。
ユーザーテストなどのリサーチ活動が根付いていない組織においては、それが一体どういう活動なのかを理解する術がありません。対策として、結果を資料で聞くのではなく実際に見てもらう、「百聞は一見に如かず」の精神を重視しました。
さらに、このようにユーザーを一緒に観察してもらったあとに、マネジメントにはユーザーとして自分でもプロトタイプを触ってもらって、フィードバックを送ってもらうようにしました。
前述の通り、大規模なプロジェクトになると関係するマネジメントも非常に多くなりますが、誰しもが解像度高くプロジェクトの内容を把握できているわけではありません。
プロジェクトのGO/NoGOの場にだけ呼ばれて、資料ベースの報告でソリューションの良し悪しについてフィードバックするのは難しく、プロジェクトの検証過程から巻き込んで直接ユーザーの声に触れてもらうことで解像度が高い状態で判断しやすくなるように設計しました。
ここまで事前にソリューションの検証を進めておき、最終的に一つの場にマネジメントが集まってプロジェクトのGO/NoGO判定を行う「UXコミッティ」を開催します。
UXコミッティの開催前には、参加者全員にここまでの検証の過程をまとめた資料を送っておき、当日もその資料をベースに会話を進めます。
事前に集めておいたユーザーテストでの課題点や、マネジメントからのフィードバック、そこに対しての対応策などを説明した上で、体験上の課題や優先度について全員でディスカッションします。
実際のディスカッションの会話としては、すでにマネジメントには実際のユーザーの声を観察してもらい、自分でもプロトタイプを触ってもらっているので、「体験の全体像を踏まえて、より良くするためには...」というポジティブな意見が出ることが多いように思います。
最終的に、総括としてプロジェクトオーナーからのフィードバックをもらい、UXコミッティは終了します。
例えば「ここはまだ課題があるが、大きな体験としてはユーザーの価値になるので、改善前提で開発に進んでいく」といった、体験に納得感を持ってプロジェクトを進める意思決定がされるような会話がされています。
このようなUXコミッティのプロセスを通して、不確実性の高い大規模なプロジェクトでも、ユーザー体験を踏まえて納得感を持ってプロジェクトのGO/NoGOの判定ができた事例が少しずつ増えてきました。
UXコミッティによって、参加しているプロジェクト推進者と、経営の立場であるマネジメントの双方への価値が生まれています。
例えばプロジェクト推進者としては、ソリューションを開発に進めていきたいものの、どうすれば経営の納得感をつくれるのかに悩んでいる場面も時たまあります。そのようなタイミングでUXコミッティに参加してもらった方からは「無事に開発の意思決定まで進めることができた」「自分たち自身も、ユーザーの視点を持って開発を進められている」という声をもらえています。
さらに、マネジメントとしても、これまでは企画段階でソリューションや具体的なユーザー体験を確認する場がなく、実際にモノが出来上がってきてからでは方向修正をしようとしても難しいこともありましたが、UXコミッティによって「リリース後のユーザー行動をイメージした状態で、GO/NoGOの判定ができるようになった」と納得感が増している声をもらっています。
一方で、UXコミッティはまだまだ発展途上な取り組みだと思っています。本来は企画が立ち上がる時点でユーザーの体験やインサイトを想像していける方が理想だと思いますが、そこまでの範囲には広げられていません。
理想としては、CXデザイン室参画がなくとも、すべてのプロジェクトで企画段階からユーザー体験を十分考慮し、検証しながらプロジェクトが進められていくべきだと思います。そのために、以前ご紹介した「CXマクロマップ」など他の仕組みも活用しながら、少しずつ影響範囲を広げていけるようにしていこうとしています。
今回まとめたように、CXデザイン室では単に仕組みをつくるだけではなく、その浸透のために自分たちもプロジェクトに入り込んで実践していくことを重視しています。
大規模な組織になればなるほど、仕組みをつくるだけではうまく浸透しません。私たちは理想的なフローを仕組みとして設計しながらも、自らプロジェクトに入り込んで最初のモデルケースをつくりにいくような実践を大事にしています。
UXコミッティは、仕組みとしてまだまだ成熟したものではなく、顧客起点で企画を意思決定する経験を積むための1歩目としての仕組みです。コミッティという会議の開催が目的化しないよう、そこに至るプロトタイピングや受容性調査による顧客の声をプロダクト・サービスに反映するという活動自体を大事にしています。
ここからマネジメントやプロジェクト推進者とも連携を強めていきながら、社内に顧客情報を活かして施策が推進されるフローが浸透していくように、実践を重ねながらアップデートを続けていきます。